第56話
雨が降りしきり増水した川の中に入って指輪を探していた俺は、体に強く打ち付けていた雨粒が突然止み、そして「瑛太」と名前を呼ばれて声のする方を振り返った。
突然のことに驚く俺の視線の先にいたのは、黒い傘を差しながら指輪を探す俺をじっと見つめている純花だった。
「何やってんのよ。こんなに雨降ってるのに」
俺が雨に濡れないように差してくれている傘は、純花が俺に別れを告げた時に持ち去っていった俺の傘だ。
俺の傘だというのに捨てて新しい傘を買うでもなく自分の物のように使っているなんて、やはり純花の性格は腐っている。
「何やってるって見たらわかるだろ。お前が投げ捨てた指輪を探してんだよ」
「そっ、それはわかってるわよ。そういうことじゃなくて、こんなに危ない状況で何してんのよって言ってんの」
こいつはそんなことを心配するような人間だっただろうか。
俺が車に轢かれた時だって一度もお見舞いには来なかったくせに。
「危ない状況だったとしても探さなきゃダメなんだ。それくらい大切な指輪なんだよあれは。てかもう二度と話しかけるなって言っただろ。なんで話しかけてきてんだよ」
「なんだっていいで--っ。……違う。そんなことを言いにしたんじゃない。私にも指輪、一緒に探させてほしいの」
「……は? 一緒に指輪を探す?」
俺は純花の言葉に耳を疑った。
最低なクソ女である純花が一緒に指輪を探すだって?
一体どんな意図があってそんなことを言ってきたのだろう……。
いや、違うな。
今回はこの前純花が自分のためにしてきた謝罪の雰囲気ではなく、心の底から反省し、俺たちのために指輪を探そうとしているような雰囲気を感じ取れる。
その証拠に、制服姿の純花はローファーを履いたまま川の中に入り、俺に傘を差し出してくれている。
「あの時は頭に血が昇って思わず川に向かって指輪を投げちゃったけど、今は本当に悪いことだったって反省してる。だから指輪を探すのに協力させてほしい」
突然反省して素直になった純花を『反省したのか、よかったよかった』と素直に受け入れることはできず、未だに純花は改心していないのではないかと疑ってしまう。
今まで俺が純花にされてきた所業を考えれば、いくら純花が反省したからといって素直に許せないのは仕方がないことだろう。
「……何だよ突然素直になって。素直に反省したからもう一回付き合えって言われたって絶対にいやだからな。何より俺には心姫がいるし」
「それはわかってる」
「……じゃあなんでそんなに素直になったんだよ」
「この前アンタにクズって言わて気付いたの。私も瑛太と別れる時に瑛太にクズ人間って言ったと思うけど、私のほうがよっぽどクズ人間だったなって」
純花の口からは到底純花の発言とは思えないような言葉が飛び出してくる。
純花はこれまでずっと自分本位な考え方しかしていなかったのに、俺にクズだと言われたからと言って突然素直に反省できるものなのだろうか。
「……変なもんでも食ったか?」
「食べてないわよ! 私が素直になるのがそんなにおかしいわけ⁉︎」
「ああ、おかしいっていうか気持ち悪い」
「ゔっ……。辛辣ね。まあ確かに気持ち悪いくらいの心変わりかもしれないけど」
「何でそんなに心変わりしたんだよ」
「……高宮先輩と付き合ってからね、瑛太は本当にいい人だったってわかったの。瑛太と付き合ってた時は不満があって別れたんだけどね。瑛太が良い人だって気付いて、都合よく瑛太とよりを戻そうとして、それで瑛太の彼女、心姫ちゃんがそばにいるのを見て頭に血が昇って、事情は知らないけど大切な指輪を川に投げ捨てて、それでいて『謝罪してあげる』だなんて上から目線で話をして……。正直に言うとね、私が最低なことをしてるのは自分でもわかってた。でももう動き始めた歯車は止まらないというか、引き返すことができなかったの。本当にごめんなさい」
長々と謝罪を述べる純花の表情は、何か思惑があって俺に謝罪しているのではなく、心の底から自分の行為を反省して謝罪しているというのが伝わってきた。
先ほどはなぜまだ俺の傘を持っているのかと腹が立ったが、俺に別れを告げた時に持ち去っていった黒い傘をいまだに手元に保管していたのは、傘を持ち去っていったことを後悔していたからだったのかもしれない。
それでも、俺はその謝罪だけで納得できなかった。
「純花が反省して謝罪してくれたのは嬉しいよ。純花と付き合ってた時、純花のためを思っていたとはいえ純花を避けるような行動をしてたのは俺も謝らないといけないと思ってる。でもやっぱり謝られたからってすぐに許せるようなもんでもないんだわ。純花のためを思って高宮はやめとけっていったのに、俺が純花を引き止めるために嘘を言ったってあらぬ噂を流されたり、無理矢理性行為されそうになったって噂を流されたり、挙げ句の果てには心姫に渡すつもりだった大切な指輪を川に放り投げられたり、到底許せることじゃない」
俺が純花にされてきたことは謝罪をされただけでは到底許せることではないし、今後何をされたとしても純花のことを許すことはできないかもしれない。
その気持ちだけは純花に伝えておかなければ気が済まなかった。
「……そうね。自分で聞いてても本当に最低なクズ人間だって思う」
「だろ。まあそう思ってくれてるだけまだマシだけど」
「……こうして瑛太に謝罪して一緒に指輪を探そうとしてるのはね、今までの行為を許してほしいからってわけじゃないの。でも私がしてきたことに対してケジメは付けないといけないから」
「……?」
純花は何やら覚悟を決めたように俺の方をまっすぐ見つめてくる。
ケジメというのは、ただ俺に謝罪をするというだけではないのか?
「今まで流してきた噂、全部嘘だったって教室で暴露してきた」
「はっ⁉︎ おまっ、そんなことしたら--⁉︎」
「……明日からまともに会話してもらえないでしょうね」
純花は今まで俺に対してしてきた嫌がらせを暴露すれば自分がどうなるかを重々承知しているようだ。
それなのに自分の悪行を暴露するなんて、何を考えているのだろうか。
「じゃ、じゃあ何でそんな--」
「瑛太が悪い人間じゃないってみんなに知ってほしかったから」
「なっ、何だよそれ……」
「逆に言うとね、私が最低な人間だってみんなに知ってほしかったの。そうでもしないと同じ過ちを繰り返しそうだから。もちろん一番は瑛太のためだけどね。って今更そんなこと言うくらいなら最初から嫌がらせするなって話なんだけど」
純花の言うケジメとは、これまで自分がしてきた悪事を暴露し、俺の評価を上げ、自分の評価を著しく下げることだった。
純花が暴露しなければ、いつか俺が純花の悪事を学校で暴露していたと思うので、遅かれ早かれ純花の悪事は明るみに出ていただろう。
それを自分から暴露するとなると、やはり純花は心の底から反省しているらしい。
「とにかくごめん。だから明日学校に行ったらきっと瑛太はもう誰からも悪者の目で見られないはずよ。だから気楽に学校にいきなさい」
「……変わったんだな」
「あんたのおかげでね」
明日から純花には最悪な毎日が待ち受けているだろうに、それなのになぜか純花の表情は晴れ渡っているように見えた。
「ほら、こんな話ばっかりしてないで、雨が強くなる前に指輪を探しましょ」
「……そうだな」
そして俺は純花と二人で指輪を探し始めた。
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