第2話
純花がファミレスを出ていってから一時間が経過してもなお、俺はテーブルに突っ伏して動くことができないでいた。
なぜこんなことになったのか、どうすればこんな事態を回避することができたのか、俺の純花に対する気持ちはこれからどうすればいいのか----。
様々な考えが頭の中を駆け巡ったものの、答えらしい答えが見つかることはなく、これ以上店内に居座るのは迷惑になるだろうと考えた俺は店を出た。
外は生憎の大雨。店に来るときは傘を持ってきていたはずなのに、店の外にある傘置き場に置いていたはずの、黒色の傘が見当たらない。
店に来るときは純花と二人で俺の傘を使っていたのに、その傘が傘置き場に無いのだから、自分の傘でもないのに、純花が我が物顔でその傘を差して帰宅していったことは明白である。
店の前には大きな交差点があり、自宅に帰るにはその交差点を渡らなければならないが、交差点には雨を避ける物なんて勿論存在していない。
俺は雨に濡れてビチョビチョになるのを覚悟して店を飛び出し、雨に打たれながら歩行者信号が青に変わるのを待っていた。
オーバーヒートしそうになった頭を、灰色の空から降り注ぐ冷たい雨が冷やしてくれる。
純花の言動に腹を立てていた俺だったが、雨のおかげで少しだけ頭が冷えた今は、純花が俺の傘を使ったおかげで雨に濡れることが無かったのなら、それでいいと思えてしまう。
……俺、本当に純花のことが好きだったんだな。
そう気付いてしまったからには、再び涙が流れてくるのを防ぐのは困難だった。
どれだけ酷い振られ方をしても、勝手に自分の物を持って帰られたとしても、そう思えてしまうほどに、俺は純花のことが大好きで、純花と過ごしてきた時間は濃密で大切な物だった。
心の大半を埋め尽くしていた純花が突然いなくなり、ぽっかりと大きな穴が空いてしまったような感覚に陥りながらも、まだ純花との思い出が俺の心を埋め尽くしているのも事実。
「はぁ……。どうしたらいいんだ俺は……」
お先真っ暗な状況に、思わず言葉を漏らしてしまう。
いつかこの純花に対する想いを整理するべきなのは言うまでもない。
しかし、当然今すぐにどうこうできるようなものではなく、今は全てを忘れて楽になってしまいたかった。
そんな俺に、前に進めと言わんばかりに赤から青に変わった信号に従って、俺は1歩を踏み出し横断歩道を渡りながら空を見た。
彼女に振られた後で、大雨に打たれてびしょ濡れになるなんてベタ展開過ぎるが、悲しいことがあったときはこうして雨に打たれるという自傷行為に走りたくなるのは一体なぜなのだろう。
悲劇のヒロインを気取って、少しでも心を楽にしたいのだろうか。まあヒロインではないんだけど。
そんなことを考えながら視線を前方に移すと、小柄な女の子が俺の方へ向かって歩いてくるのが見えた。
なぜかはわからないが、その女の子は俺と同じく傘をさしておらず、びしょ濡れになっているというのに焦る様子もなく、俯きながら歩いている。
そんな姿が、先ほど純花に振られたばかりの俺と重なり、上手くは言い表せないが、今にも崩れ落ちてしまいそうな、そんな危うさを感じさせる。
身長はかなり低く見えるが、中学生……いや、小学生くらいの女の子だろうか。
幼くは見えるものの、その女の子は数メートルほどの距離から見てもわかるレベルの美少女だった。
一人で歩いていたら誘拐されてしまうのではないかと心配になるほどに、その女の子は可愛い。
もしかしたら、すでにストーカーに付き纏われていて、本当に誘拐されたりするのではないだろうかと心配になった俺は、なんとなく辺りを見渡した。
そして、俺の視界に写ったのは、俺たちが歩いている横断歩道に向かって、猛スピードで走ってきている一台の乗用車。
かなりの速度で走ってきている上に、この濡れた道では今からブレーキを掛けたとしても、止まることができるかどうか。
女の子が車の接近に気付いている様子もないし、このままではこちらに向かって歩いてきているあの女の子が車に轢かれてしまう。
----そう思った瞬間、俺の足は動いていた。
普段の俺ならただ傍観することしかできていなかったかもしれないが、純花に振られて自暴自棄になっていた俺の足は、無意識に動き始めていた。
この女の子を助けて俺が車に轢かれて死んだとしたら、その訃報はすぐに純花の耳にも入るはず。
それを聞いた純花が『自分のせいで瑛太が死んでしまった』と思ってくれたとしたら、俺は天国で純花に向かって『ざまぁ』と言うだろう。
……こんなことを考えている時点で、俺は純花に相応しくない男だったんだろうな。
そう考えながら女の子に向かって走りだした俺は、なんとか車が到達する前に美少女を突き飛ばすことに成功した。
そしてその直後、体に激しい衝撃を受け、俺の視界は真っ暗になった。
◆◇半年後◇◆
「……あのときのことは本当にごめん。高宮先輩の女グセが悪いって話、瑛太から聞いた時は信じられなかったんだけど、やっぱり瑛太の言った通りだった」
「……」
「だからね、私、また瑛太と付き合いたいと思ってる」
「……」
「ねぇ私の話聞いてる?」
「……」
「ねぇ瑛太! なんで私のこと無視するのよ! 私たち幼馴染でしょ!?」
純花に振られてから半年後、意図したわけではないが、俺たちは偶然純花と遭遇してしまう。
そして純花から、以前のような関係に--恋人に戻りたいと復縁を持ちかけられた俺は、怪訝な表情を見せながら返事をした。
「……さあ? 俺に幼馴染なんていないからわからないな」
「--っ!?」
『もう恋人でも幼馴染でも友達でもない』、要するに俺たちは他人だと言い放ったのは、他でもない純花本人だ。
となれば、まともに会話をするのではなく、赤の他人として会話をするのが礼儀だろう。
「ていうかその一緒にいる子は瑛太の何なの⁉︎」
「わっ、私は……」
そして、俺の後ろで純花との遭遇に焦りおどおどした様子を見せているのは、俺達とは別の学校に通っている俺の大切な友人、
これは俺が画策したものでも、綿密に計画を練った結果というわけでもない。
本当に偶然起きてしまったエンカウントだ。
俺には心姫が側にいてくれたし、純花に復讐してやろうという気持ちは無かったので、できるだけ純花とは関わらないようにしていたからな。
勿論最初は地獄に落ちろと思えてしまうほど腹を立てており、復讐心が芽生えていたのも事実。
そんな俺の復讐心を綺麗さっぱり消し去ってくれたのは、俺の友人、新屋敷心姫なのである。
心姫と出会い、仲を深めて行く中で、俺の心の中から純花という存在と純花に対する復讐心は完全に消え去っている。
だからもう、純花に復讐をする必要なんて無い。
それでも、神様がくれたせっかくの機会を逃すわけにはいかない。
そう思った俺は嘘を交えて純花に言ってやった。
「こいつは新屋敷心姫、俺の彼女だ」
「かっ、彼女!?」「えっ--!?」
俺は純花に復讐するため、まだ付き合っていない心姫のことを彼女だと紹介した。
おかげで心姫は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せていたが、何より純花の悔しそうな表情が印象的で、俺の復讐心は一気に満たされていった。
そう、俺は純花から最低呼ばわりされた半年後、俺のことを一番に考えてくれて、俺のことを心の底から好きでいてくれる最高の彼女(仮)、新屋敷心姫と共に、最低の幼馴染、芳野純花に復讐を果たすことになるのである。
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