第3話

「ゔっ、ゔぅ……」


 うめき声を上げながら目を覚ました俺は、見覚えのない天井を見て自分の身に起きたことを思い出した。


 確か俺は車に轢かれそうになっていた女の子を助けようとして、代わりに車に轢かれたんだ。

 かなりの衝撃を感じたのを覚えているが、病院と思われる天井が見えているので、どうやら助かったみたいだな。


 車に轢かれたにも関わらず命を失わなかったことは幸運だったが、次に思い出してしまったのは、『好きな人ができた』というあまりにも残酷な理由で純花に振られてしまったこと。


 神様が本当に存在するとするのなら、車に轢かれてまで女の子を助けたのだから、その褒美として純花と別れてしまった事実を無かったことにしておいてくれてもよかったんだけどな……。

 ……っていってもまあ命を助けてくれただけで十分すぎる仕事をしてもらったのだから、感謝するべきところなんだけど。


 とにかく俺が身代わりとなったことで、あの女の子が怪我無く元気にしてくれているのであればそれでいい。


 --そうだ、俺のことなんてどうだっていい、あの女の子は無事だったのか?

 勝手に助けたと思っているが、少しでも車と接触していたり、俺に押し飛ばされた勢いで怪我をしてしまった可能性もある。


 俺は急いで俺が助けようとした女の子の無事を確認するため、ナースコールを押そうと体を起こす


「重っ……なんでこんなに重いんだよっ……」


 事故の影響なのか、体を起こそうとしても重みを感じて中々起き上がることができない。

 多少の痛みは感じるものの、激痛というレベルではなく、この程度の痛みなら普通に体を起こせそあなものなのだが……。


 そう思いながら必死に体を起こすと、一人の女の子が俺の体にもたれかかって眠っている姿が目に入った。

 一度はその女の子が純花なのではないかと思ったが、純花よりも明らかに小柄だし、金髪の純花とは違い日本人らしい綺麗な黒髪をしている。


 俺が車に轢かれて生死を彷徨っていることを聞いた純花が、俺がこの世からいなくなってしまうかもしれないと考えたときに、『やっぱり瑛太がいないなんて考えられない』と言って俺の元に戻ってきてくれたのではないか--なんてことを考えてしまった自分に心底腹が立つ。

 思わずこのまま死んでしまえば良かったのにと思ってしまうほど、自分自身に腹が立った。


 もう純花は俺の元には戻ってこないのだから、早く純花の存在を俺の心の中から消滅させなければ。


 てか、俺にもたれかかってきてるこの小柄な女の子はだれなのだろうか。

 こんなに小さくて可愛らしい女の子に見覚えなんて----あっ、この子もしかして……。


 そう思った瞬間、俺にもたれかかり眠っていた女の子が体を起こして俺の方を見た。


「えっ--!?」

「あっ、えっと、どうも」

「ナッ、ナースコールゥゥゥゥーー!」


 俺と目が合った途端、俺にもたれかかっていた女の子は焦った様子でナースコールを押した。




 ◆◇




 俺にもたれかかって眠っていた小柄な女の子がナースコールを押し、すぐにナースと医者が駆けつけてきた。

 そんな感覚は無いのだが、医者から話を聞く限り、俺は三日程目を覚まさずに眠っていたらしい。


 目を覚ました俺は医者たちが到着してから問診やら検診やら色々されて、辺りが暗くなる頃にようやく解放された。


 目を覚ましてすぐは気付いていなかったが、俺は足を骨折していたようで足にはギプスが巻かれていた。

 意識を失ったのと、足の骨折だけで済んだのは不幸中の幸いだ。


 それだけの対価であの女の子を助けられたのだから、無茶をして良かった。まあ自暴自棄になってただけだけど。

 あの小柄な女の子が車に轢かれていれば、命を失っていた可能性は高いし、結果オーライだな。


 そんなことを考えていると、病室の扉が開き、先程の女の子が入ってきた。


「よかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉっ!?」


 俺が目を覚ました時に俺にもたれかかっていた女の子は、俺の姿を見るなり抱きついてきた。


「ちょっ、痛い、痛いって」

「あっ、そうですよね、ごめんなさい……」

「えっと……君はもしかして俺が助けた--?」

「はい。瑛太さんに命を救ってもらった新屋敷心姫と申します」


 目を覚ましてこの女の子の姿を見た俺は、すぐにこの新屋敷心姫と名乗る女の子が自分の助けた女の子だということに気付いた。

 事故の直前に一瞬姿を目にしただけなのに、その可愛すぎる容姿のおかげでこの女の子のことを鮮明に覚えていたのだ。


 それにしてもこの子、やはり相当身長が低く百五十センチあるかさえ微妙なところだ。


「えーっと、何歳なのかな?」

「そうですよね。私かなり身長が低いので勘違いするのも無理はないですけど、これでも一応愛徳あいとく高校に通う高校二年生です」


「えっ、同い年!?」

「はい。瑛太さんと同い年です」 


 新屋敷さんは俺が通っている共学の高校とは違い、かなりのお嬢様学校に通っているようだ。

 そう言われてみればその服装や言葉遣いもかなり上品ではある。


 それにしてもこの見た目からはまさか同い年だとは想像も付かないな。


「てか何で俺の名前とか年齢とか知ってるんだよ」

「全部お母様から聞きましたので。気分を悪くされてたらごめんなさい」

「……なるほど、そりゃそうだよな」


 俺が意識を失ってから三日が経過しているということなので、その間に新屋敷さんが母さんと会話をしているのは当然の話。

 先ほどから少しだけ違和感を持ってはいたが、俺と母さんを呼ぶときにややこしくならないよう、俺を苗字ではなく名前で呼んでいるのか。


 ちなみに母さんは荷物を取りに家に戻っており、もうすぐ病院に到着するとのことだった。


「あっ、あの……助けていただいて本当にありがとうございました」

「いいよ別に。新屋敷さんに怪我がなくてよかった」

「良くありません。私がボーッとしてあんなところを歩いていなければ瑛太さんはお怪我をなさらなかったのですから……」


 あまりにも申し訳なさそうな表情を見せるので、俺は続けて新屋敷さんをフォローした。


「本当に気にしなくて大丈夫だから。新屋敷さんが助かって、俺もそこまで重症じゃないなら結果オーライだろ?」

「意識を失って骨折してたらそれは重症と呼ぶ他ありません」

「いやいや、生きてたら全部軽傷だ」

「瑛太さん……。優しすぎますよ」


 心姫からそう言われて、轢かれる直前に真逆のことを言われたのを思い出す。


「いや、そんなことないって。ついこの間クズ男呼ばわりされたばっかりだし」

「瑛太さんにそんなことを言う人がいるんですか!? 信じられません」

「まあ俺自身そんなこと言われるなんて信じられなかったからな」

「私にとっては命の恩人なのですから、その人が瑛太さんのことをどう思っていようが関係ありません」

「そう言ってもらえると助かる」

「……瑛太さん、私に恩返しをさせてください!」

「え、恩返し……?」


 新屋敷さんは突然子供の頃から何度も聞いたことのある有名な昔話のようなことを言い始めた。

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