第12話

 教室に入って俺と言葉を交わすなり純花が伝えてきたのは、純花と高宮先輩が付き合ったという事実だった。

 純花に振られて落ち込んでいるであろう俺に向かって新しい彼氏ができたと伝えるなんて、オーバーキルにも程がある。


 そんな最悪の行動を取られても、俺は純花を心の底から嫌いにはなれていなかった。


 俺に別れを告げてからの純花は最悪の行動探していないので、俺の純花に対する評価は間違いなく下がってはいる。

 しかし、純花と付き合っていた時の思い出や情が消え去ったわけではない。


 だから自分のことよりも大切にしていた純花が高宮先輩と付き合って辛い思いをするなんて耐えられないし、何より純花が俺以外の男と付き合って体の関係を持つなんてことは考えたくもない。


 そんな風に考えてしまうと思っていたのだが--。


「……へぇ。そうなんだ」


 自分でも自分の反応に驚いた。


 俺は純花が高宮先輩と付き合うことを何とも思わなかったのだ。


 別れたばかりで純花に対する想いが消え去っていない時に高宮先輩と付き合ったと聞かされていたら、発狂し壁に頭を何度も打ち付けていたかもしれない。

 それほど耳にしたくない話だったというのに、純花が高宮先輩と付き合った話を聞いた俺は何とも思わなかった。


 純花の話を何とも思わなかった理由を考えると、ただ車に轢かれたところを助けられただけで、俺に精一杯恩返しをしようとしてくれている健気な女の子のことしか思い浮かばなかった。


「……え?」


「え?」


 純花は俺の顔を見ながらキョトンとした表情を見せている。

 何に驚かれてそんな表情をされたのかすぐに理解することができなかった俺は疑問符を浮かべたが、少し考えたら純花が俺の表情を見て驚いた理由はわかった。


 きっと純花は俺に高宮先輩と付き合ったことを伝え、悔しがる俺の表情が見たかったのだろう。

 まあ誤解だとはいえ俺に最低な引き留め方をされたと思い込んでいる純花からしてみれば、俺の悔しがる表情が見たいと思うのも理解できる。


 それなのに俺が予想以上に無反応だったので、どう反応していいかがわからなくなってしまったのだろう。


「だ、だから私、高宮先輩と付き合ったって言ってるの!」


「え、うん。聞こえてたけど」


「ふっ、ふんっ! アンタと私はもう他人なんだから学校で気安く話しかけないでよね!」


 高宮先輩と付き合った話をして俺が無反応だった時の対処法は考えていなかったのだろう。

 純花は捨てゼリフを吐きながら俺の席から自分の席へと向かって歩いて行った。


 突然の出来事に動揺を隠せていない俺は、「ごっ、ごめん……」と小さく返答した。


 いや、よく考えてみれば俺から話しかけたわけではなく、純花の方から俺に話しかけてきたんだから俺が謝る必要も無いし、純花の言ってることはおかしいわだが……。


 それに俺と別れるときに新たはもう恋人でも幼馴染でもないと言っていたくせに、純花から話しかけてくるなんて発言と行動が矛盾しすぎている。


 俺が動揺していると、賢人が興奮気味に話しかけてきた。


「え、ちょっと待て何今のめっちゃスカッとしたんだけど」


「そうか? 俺はただいつも通り会話をしただけのつもりなんだけど」


「いやいや私もスカッとしちゃったよ。瑛太のことだから純花ちゃんのことすっごく引きずってるんだろうなと思ってたけどそんなこともないんだね」


 賢人と同様に興奮気味で話しかけてきた花音の姿を見て、俺は自分のした行動が純花に対する仕返しになっていることに気が付いた。

 純花と会話する前よりも少しだけ心が晴れた気がする。


「ま、まあいつまでも引きずってるわけにはいかないしな」


 強がってそんなことを言ったが、もし心姫と出会っていなかったとしたら俺の中にはまだまだ純花の存在が大きく残っていて、きっと今の発言も悔しくてたまらなかったことだろう。


「でも瑛太はまだ純花ちゃんのことが好きな状態で振られたんでしょ? それなら多少引きずるもんじゃない? 何かあったの?」


 何かあったのかと聞かれれば、車に轢かれそうになっていた心姫を助けて、心姫と友達になって、恩返しとして身の回りのお世話をしてもらうことになったという話なのだろうが、それを今伝えるといろいろと面倒臭さそうなので、心姫の存在は伏せておくことにした。


「いや、別に何も無い」 


「本当? じゃあ車に轢かれて頭打っておかしくなった?」


「いやそれ普通に失礼だからな? 今普通の状態の俺のこと頭おかしいって思ってるってことだろ?」


「まあそうだね」


「おい否定しろ」


「……まあとにかく純花ちゃんに振られて車にまで轢かれて、いいことないんだしこれから何かいいことがあるといいな」


「そうだな」


「ああ、そうだ。せっかくだし快気祝いってことでスタバでもいかないか? 新作のプラペ奢るぜ」


 スタバの新作は魅力的だし、できれば飲みに行きたいと思う。でも……。


「えーっと…‥まだ体が本調子じゃ無いから今日はパスで」


「…‥まあそうか。色々あったし忙しいわな」


「ああ、すまん」


 俺が予定を断ったのは、心姫と同じ車に乗って帰宅することになっているからだ。

 心姫に「今日は迎えいらないから」と連絡をすることもできたが、それでも俺は賢人からの誘いを断った。


 純花と関わったせいなのか、学校に登校してもさほどメンタルに影響が無かったことをお礼したいからなのかはわからないが、俺は今無性に心姫に会いたいと思ってしまっていたのだ。


 この調子なら純花がどれだけ俺の悪い噂を広めていたとしても乗り越えていけそうな気がする。

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