第11話
三木さんの運転する車で学校までやって来た俺は、車を降りて教室へと向かっていた。
右足にギブスを巻いてはいるものの、松葉杖を使っているおかげで--というよりも今の俺にとってはせいでになるのだが、もうすぐ教室に到着してしまう。
もう大丈夫と言って三木さんの運転する車から降りてきた俺だが、教室に近づくに連れて純花と顔を合わせるのも、クラスメイトが俺をどんな目で見てくるか不安でたまらなくなってくる。
本音を言えば純花と顔を合わせることになってしまう学校なんて何も考えずに休んでしまいたかった。
とはいえ出席日数が足りなくなったり、授業の単位を落とす可能性があったりと、どちらにせよ長期間休むのは不可能だ。
それなら少しだけ休んだって何の意味もないと腹を括って登校してきた。
純花と別れる前の俺の学校での立ち位置は、純花の彼氏という安全地帯。
そこにいるだけで誰からも悪口を言われることは無かったし、いじめの標的にされたりするなんてことは絶対に無かった。
しかし、純花と別れてしまった俺は、純花と幼馴染だったから恋人になれたというだけの、本当は誰と会話をするのも苦手なただの臆病な男子高校生だ。
これまでのように純花がいればなんとかなってしまった人生とは真逆の人生を歩むことになるだろう。
そんな学校生活、少し考えただけで悪寒が走るな……。
入院していたせいで純花と別れてから登校してくるまでに三週間ほど経過してしまい、俺と純花が別れたというニュースは既に学校中に知れ渡っていることだろう。
しかも純花のことなので、俺と別れた理由を話す際に俺が高宮先輩のことを「あいつだけはやめとけって」と悪く言って純花を引き止めようとした最低の男という話はしているはずだ。
そのせいで恐らく俺に対する他の生徒からのイメージは最悪になっているはず。
そんな俺が教室に入っていけば、冷たい視線を浴びせられ、コソコソと陰口が聞こえてきて孤立してしまうなんていう地獄絵図になるのは容易に想像がつく。
もしかすると机の上に花瓶に入った花が置かれているなんてこともあり得るかもしれない。
まあここまで来て今更ウジウジしているわけにもいかないし、俺にも信頼できる友達がいないわけではないので、俺は何事もなかったかのように教室に入った。
教室内を見渡すと、クラスメイトの視線は俺へと集められ、先ほどまで賑やかだった教室内が一瞬にして静まり返る。
やはり俺と純花が別れたという話は広まっているようだ。それも俺が最低な引き留め方をしたという尾ヒレ付きで。
予想通り最悪の展開になってはいるが、せめてもの救いだったのは純花がまだ登校してきていなかったことと、俺の席が廊下側の一番後ろの席、入り口に一番近いところにあったことだ。
何にも気付いていないフリをして俺が自分の席に座ると、俺の前の席で彼女と一緒に会話をしていた男が話しかけてきた。
「ギプスは大変そうだけどまあ元気そうで何よりだ」
俺に声をかけてきたのはこの学校で唯一の俺の友達、
賢人とは中学生の時に友達になり、かれこれ四年以上の付き合いだ。
「ギプス巻いてる時点で元気とはいえないけどな」
「まあとにかく生きてて良かったよ」
「本当だよ。瑛太が死んだら賢人が悲しむからね」
賢人の正面に座り、俺ではなく賢人の心配をしているのは賢人の彼女、
花井はなんというかマイペースな人間だが、それでいて賢人への愛は強い。
「いやそっちの心配かよ」
「ちゃんと瑛太の心配もしてるって。賢人のことの方が瑛太のことより心配ってだけ」
交通事故にあった俺ではなく、友達である俺が死んで賢人が悲しんでしまう方が心配というのはいかがなものかと思うが、まあそれはノリだと思っておくことにしよう。というかノリじゃないと泣きたくなるからやめて。
「……そうか。まあ恋人の方が心配なのは理解できるからこれ以上は突っ込まないでおいてやる」
「ふふっ。助かる」
「というか俺、あからさまに歓迎されてないよな」
「ああ、まあそうだな。歓迎されてないどころか早く帰れって思ってる奴も一定数いると思う」
普通は言いづらいことだろうが、賢人は俺に全く気を使うことなく正直に現状を伝えてくれた。
賢人は俺が今の状況を理解し、対処できるように包み隠さず現状を伝えてくれたのだろう。
俺のことを考えていないようで、俺のことを考えて言いづらいことを正直に伝えてくれる賢人には感謝しかないし、だからこそ俺は賢人と友達を長く続けているのである。
「オブラートに包む気も無いとこが好きだぞ俺は」
「だろ」
「一応確認させてもらいたいんだが、俺が高宮先輩を悪く言って純花を引き止めようとしたって話が広まってるんだろ?」
「その通りだ……けどなんで分かっるんだ?」
「いや、まあ彼氏と別れたって話をするとなったら別れた理由とか、別れた時のエピソードとか話したりするもんだろ?」
「……まあ確かにそうか。さすが元カレ、元カノのことは何でもわかってるな」
「……なんかその言い方悲しくなるからやめてくれ」
俺がそう言うと賢人は「ごめんごめん」と雑に謝罪をしてくる。
「もちろん俺は悪くないぞ。高宮先輩はやめとけって言ったのはあくまで純花のためで、純花が別れたいと思ってるなら引き止めるつもりもなかったし」
「まあそうだろうな。高宮先輩が女癖の悪いクソ男だってのはみんな知ってる話だし、十中八九純花ちゃんの勘違いだろうなとは思ってた」
「みんながみんな賢人みたいに冷静な判断のできる人間なら悪者になってたのは純花ちゃんだったんだろうな」
「まあそう上手くは行かないだろ」
「わっ、私も勿論瑛太は悪く無いって思ってたからね?」
花穏の言葉に俺は「はいはい、ありがとありがと」と雑に返事をした。
「えー何その言い方。私が最初は瑛太のこと疑ってたのもうバレちゃってる感じ?」
「バレてるけど、自分で白状はしないほうがいいぞ」
「うー……。気をつける」
「まあこれからもずっと友達でいてくれると助かる」
「もちろんだ」「もちろんだよ」
そんな話をしていると、教師の扉が開いた音がして、扉の方を振り返ると教室に純花が入ってきた。
やはり純花は相変わらず可愛い。
手入れの行き届いたサラサラな金髪に、クリッとした大きな目、鼻は高く顔も小さく外見には非の打ち所が無い。
そう、外見には。
こんな可愛い女の子と付き合えていたなんてやはりあれは夢だったのかと思ってしまうが、内面はあまりにも不細工で、別れてよかったとすら思ってしまっている。
俺が見ていたのは夢ではなく、内面を隠すために作られた嘘だったのだろう。
「……あら、おはよ。元気そうで良かったじゃない」
「ああ、そりゃどうも」
ひとまず挨拶をしてきてくれたことに俺は安堵した。
同じ学校で同じクラスなのだから、今後一歳口を聞かないというわけにもいかないからな。
「あ、後一つだけいい?」
「……?」
「私、高宮先輩と付き合ったから」
唐突な純花の発言に、俺は言葉を失った。
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