第13話

 交通事故に遭い、ギプスを巻いた状態でいつも通りの学校生活を送ることができるかどうか不安だったが、松葉杖のおかげで予想以上に動くことができたし、賢人と花穏のサポートもあって順調に乗り切ることができた。


 一番心配していた純花との関わりに関しては、朝一純花に話しかけられたときに意図せず先制パンチを喰らわせられたことが効果的だったのか、あれ以降純花が俺に関わってくることは無く、目が合うことも無かった。

 この調子なら今後も学校生活を平穏に過ごしていくことができそうだ。


 行き当たりばったりではあるものの、交通事故後始めて行く学校を乗り切った俺は、心姫の家へとやってきていた。


「とりあえずそこのソファーにでも座っててください」

「あっ、ああ……」


 いや『心姫の家へとやってきていた』じゃなくて‼︎

 なんで俺久しぶりに登校した初日から心姫の家来てんの⁉︎


 いや、なんでっていうか、心姫の家にやってきたのは下校するために三木さんの運転する車に乗り込んですぐ、心姫から『家に来ないか』と誘われたからなのだが、なぜ家に誘われたのだろう。


 心姫は一言で言うと超絶美少女で、男子なら誰しもが仲良くなりたいと思うだろうし、そんな超絶美少女である心姫の家に入る機会なんて、どれだけ望んでもやってくることはないだろう。

 そんな心姫の家に、これほどすんなり上がり込むことができるなんて、上手く行きすぎている気がして恐怖すら覚えてしまう。


 心姫を暴走車から助けて骨折した見返りとして友達になっているので、遊ぶという行為自体にはなんの違和感もない。

 とはいえ、まさか心姫の家で遊ぶことになるなんて思ってもみなかった。


 冷静になって考えてみれば、心姫が俺とどこかで遊ぶのではなく自宅で遊ぶことにしたのは、恐らく俺が骨折してギプスを巻いているからだというのは理解できる。

 そういう何気ない配慮をできるところは、純花には無かった心姫の大きな魅力の一つである。


 というか、俺は松葉杖があればある程度歩けるし、別に心姫の家である必要はなかったんだけど……。


 とにかく、今俺が心姫の家に来ているのは夢でもなんでもなく、現実に起こっていることだ。

 なぜこれほどまでに人生が上手く進み始めているのかは置いておくとして、状況をきっちりと整理して問題だけは起こさないようにしよう。


 そう考えた俺は、今俺がいるリビングと思われる空間を見渡した。

 二十畳はあるだろうかという広いリビングを見渡した俺の頭の中には2つの疑問が浮かんだ。


 その疑問を心姫にぶつけるかぶつけまいかをしばらく悩んだ俺は、最終的に疑問をぶつけることにした。


「なぁ、まさかとは思うがこの家って心姫が一人で住んでるのか?」

「あっ、はい。そうなんですよ。言うの忘れてましたね」


 俺の頭に浮かんだ2つの疑問。

 1つ目は今俺がいるこの部屋が新しすぎるということ。


 武嗣さんは和装でいかにも裏の世界のお頭のような見た目をしていたので、恐らくは和風で古い格式の高い家にでも住んでいるのだろうと思っていた。

 それなのに、心姫の家がこんなに築年数が浅くて綺麗なマンションだと言われれば、1人暮らしをしているのではないかと疑問に思うのも無理はない。


 そしてもう1つの疑問。

 それは家族で済んでいればみんなが過ごすであろうリビングなのに、女の子向けのインテリアばかり置いてあったこと。

 ぬいぐるみがたくさん置いてあったり、カーテンがくすみピンク色だったりと、とてもじゃないが武嗣さんの住んでいる家だとは思えない。


 そしてやはり心姫は俺が思った通り、この家で1人暮らしをしていた。


 いや、てことは今この部屋には俺と心姫の2人きりってことか⁉︎

 その状況自体も緊張してやばいし、この状況を武嗣さんに見られたらそれこそこの世から抹消されてしまいそうな気がして怖い。


「すっ、すげぇな、高校生で1人暮らしか」

「はい。2年前にお母さんが亡くなったこともあって、お父さんが早く自立しないとダメだって。もし仮に俺が死んだらお前はもう1人なんだからなって言ってこの部屋を購入しちゃいまして……」

「ははっ、すげぇな」


 とんでもない金持ちエピソードに、もうすごいという感想しか頭に思い浮かばない。


「いえ、すごいというかここまでくると考えなしですけどね。瑛太さん甘いもの食べられますか?」

「ああ。超甘党だからな俺」

「それはよかったです。最近フルーツ大福がおいしいお店を見つけまして」


 そう言って心姫が出してきたフルーツ大福はとても綺麗で、フルーツを包んでいる餅が雪のように見えた。


「これ中身は?」

「私の好みで申し訳ないんですけど、こっちがイチゴで、こっちがシャインマスカットです」

「どっちも好きだから先に選んでくれ」

「え、でもこれ瑛太さんのために買ってきたものなので瑛太さんが選んでください」

「先に選んでくれないと俺は食べないぞ」

「そ、そこまで言われるのでしたら……イチゴで」

「おけ、じゃあ俺はシャインマスカットな」


 そうして2人で大福を手に取り、俺たちは口に運んだ。


「うん、めちゃくちゃ美味いな」

「ですね。また一緒に食べましょう」


 何気ない会話の、何気ない一言なのに、また、と言ってくれたことが嬉しくてたまらない。

 純花と一緒付き合っていたときに、これほどの幸福感を覚えたことがあっただろうか。


「だな。それにしても本当すげぇな。高校生のうちからこんな広い家で一人暮らしなんて--ブフッ⁉︎」


 心姫が高校生のうちから一人暮らしをしていることに感心しながら、改めて部屋の中を見渡していた俺はあるものを見て思わず吹き出してしまった。


「ど、どうしたんですか⁉︎ 喉に詰まりましたか⁉︎」


「いや、そういうのじゃなくて、その……。あれ……」


 俺は目を逸らしながら見つけてしまったとあるものを指差す。


「あ゛っ、すいませんお見苦しいものを!」


 俺が見つけたのは心姫の物と思われるベランダに干された下着だった。

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