第2章 好きの意識

第31話

 私は毎年一ヶ月以上ある夏休みを必ず父方の祖父母の家へ帰省して過ごしている。

 今年も祖父母の家に帰省してきた私は、毎日のように瑛太さんのことを考え、夏休みはすでに残り一週間となっていた。


「あぁなんであんなことしちゃったの私⁉︎ 婚約指輪を渡して--いや、押し付けて『いつかこの指輪を私に渡したいと思う時がやってきたら渡してください』って流石に頭おかしすぎるでしょ⁉︎」


 そんなセリフを毎日のように口走りながら、私は畳の上を右へ左へ転がり回っていた。

 お父様が私のいる部屋の横の廊下を通っていく時、冷ややかな目で見られているのを気にしていたのは最初だけで、今となってはもう何も気にしていない。


 お父様のことを気にしている余裕が無いほどに、私は瑛太さんに頭のおかしい発言と行動をしてしまったことを後悔していた。


 純花さんにあらぬ事実をでっち上げられて、学校で不当な扱いを受けている瑛太さんからしてみれば、私に『私がいます』なんて言われたところで何の励ましにもならないだろうし、仮に励まされたとしても問題が根本的に解決されるわけではない。

 むしろ何をおかしなことを言っているんだと気持ち悪がられ、面倒臭い女だと思われた可能性もある。


 なぜあの時もっと冷静になれなかったのだろうか……。

 『いつでも相談に乗りますから』くらいの言葉で慰めるだけで良かったのに……。


 頭のおかしい発言をして頭のおかしい行動をとってしまったタイミングが偶々夏休みに入る直前で、私が祖父母の家に帰省しに行くタイミングだったのは不幸中の幸いだった。

 あんな言葉を言ってしまった後では夏休みに瑛太さんと顔を合わせるなんて無理だと思うから。


 恋愛漫画なんかだと、ここで瑛太さんが私と一緒に祖父母の家に帰省するなんて展開になったりもするが、そうはならなくて本当に良かった。

 ……まあそうは言いながらも、一ヶ月以上もの間瑛太さんに会えないのは寂しさもあるんだけど。


 そんな寂しさを紛らわしてくれているのが毎日の瑛太さんとのラインだ。

 遠くても繋がっていられる現代のツールには感謝しなければならない。


「……瑛太さん、どう思ったかな。やっぱり変な奴だと思われたかな……。いや、でもラインの雰囲気はいつも通りだし……」


 ラインでは文面でしかその言葉に込められた想いが伝わってこないので、間違った解釈をしてしまっている可能性もあるが、今のところ瑛太さんとのラインの内容に違和感はない。

 これだけ普通にラインをしているなら、瑛太さんは私がとった行動をあまり気にしていない可能性もある。


 ……まあ今は瑛太さんが私の発言と行動を気にしていないと思い込むしかないよね。

 もうすぐ夏休みも終わるし、そろそろ気持ちを切り替えて今まで通り瑛太さんと関われるようにならないと。




 ……。




 --いややっぱり無理! 瑛太さん絶対私のこと気持ち悪い女だと思ってるよね⁉︎ 絶対迷惑な女だと思ってるよね⁉︎ もう二度と関わりたくないと思ってるよねぇぇぇぇぇぇ⁉︎

 婚約指輪を渡して、『いつか渡してください』ってあーもう本当私のバカ‼︎‼︎‼︎‼︎


 なんで前向きに考えようとしても結局こうしてネガティブな思考になってしまうのだろう……。


 ……いや、でも瑛太さんの気持ちを考えたら私にこんなことで悩んでいる資格は無いよね。

 瑛太さんにとって一番の問題は、私が気持ち悪くて面倒臭い女ということではなく、あらぬ噂が蔓延していて学校で不当な扱いを受けていること。


 私がいつまでも自分のしてしまった行動を後悔していては、瑛太さんも私に悩みを相談しづらくなってしまうし、休みが終わって瑛太さんが学校に復帰した時にどのようにして問題を解決するか、どうやって支えていくかを考えなければならない。


 よしっ、後悔はここまでだ。


 瑛太さんに命を救ってもらった私には、瑛太さんを支えていく義務がある。


 それに私は瑛太さんに大切な婚約指輪まで渡して支えていくと決めた。

 私がそう決めたのは、私が瑛太さんに命を救ってもらった恩を返すためではなく、私が瑛太さんの人間性に惹かれ、瑛太さんのことが好きだからだ。


 だから私はなんとしても瑛太さんを救わなければならない。


 そんなことを考えていると、自分が学校でいじめを受けていることは頭の中から消え去っていた。

 私が瑛太さんを支えるなんて言っておきながら、結局私は瑛太さんがいないとダメで、瑛太さんに支えられているのである。

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