第20話

「私、中学に入学してから今日までの四年間、ずっといじめられていて学校でもずっと一人なんです」


 いじめられていることを話すのはかなりの勇気が必要なはずなのに、心姫は自分が学校でいじめられていることを話してくれた。

 四年もの間いじめられ続けているというのに、それに耐えて学校に通い続けているなんて、心姫はどれほど強い女の子なのだろうか。


 俺だったら秒でいじめに屈して不登校になっていそうなところだが。

 心姫の天使のような優しさは、その心の強さがあってこそ形成されたものなのかもしれないな。


「直接聞いたわけではありませんが、私がいじめられている原因は嫉妬だと思います。自分で言うのは憚られますが、私は成績優秀で先生の言うこともよく聞くので先生方からの評価が高いみたいで……。それをよく思わないグループの方々に目を付け始めたんです」


 心姫のことをいじめている生徒たちの気持ちはわからないわけではない。 


 自分より優れた人がいたとして、その人に追いつき追い越すために必死に努力したとしても、努力だけでは到底太刀打ちできない圧倒的才能を前にしたら、平伏し心を折られてしまうこともある。

 そうなってしまったら心を折られた人間にできることといえば、才能がある人間に嫉妬をして、自分が前進するのではなく、才能ある人間を後退させることくらいだ。


 心姫をいじめている人間からしてみれば、卑劣な行為をしているのに心姫の心が折れないことに腹が立っているのだろう。

 だからこそムキになったいじめっ子は、四年が経過した今でもいじめを続けているのだ。


 一応言っておくが、心姫をいじめている人間の気持ちがわからないわけではないとは言ったものの、決していじめを肯定しているわけではない。

 弛まぬ努力をしている心姫が、いじめっ子の自分勝手な都合でいじめられるなんてことは絶対にあってはならないのだから。


「私をいじめている方々の気持ちもわからなくはないんです。それでもやはりもうそろそろいじめに耐えきれなくなってきてしまって……」


 心姫も俺と同じく、いじめっ子の気持ちに一定の理解はあるようだ。

 いじめをされてもいじめっ子の気持ちまで理解するとは流石心姫である。


 そんな心姫でも、四年間もの間いじめを受け続けていれば心はすり減り限界を迎えてしまうのは当然の話。

 心姫がいじめられなくなるためには、あえて成績を落としてみるとか、素行不良になってみるとか、最終手段は引越しとか--まあそれは流石に現実的ではないが、そんな手段を取ることが必要になってくる。 


 四年も経過したらもういじめられることにもなれているのではないかと思う人もいるかもしれないが、昔は筆箱の中身を隠されたり、教科書がなくなったりするくらいで済んでいたようだが、今は心姫の身に覚えのないあらぬ噂を流されたり、移動教室で自分だけ別の場所を教えられたりと少しずつエスカレートしてきているらしい。


 なんとかして心姫の状況を好転させてやることはできないだろうか……。


「猛スピードで迫ってくる車に気付かず瑛太さんに車に轢かれそうだったところを助けられたのも、どうやってこの状況を解決しようかと考えていたからだったんです」


 心姫が横断歩道で車の接近に気付けなかったのはそういう理由だったのか。

 意識が戻ったばかりで体調が万全ではなかった俺にその話をしなかったのは、心姫自身が俺にいじめられている話をしたくなかったのはもちろんあるが、心姫なりの俺に対する配慮だったのだろう。


 どんな時でもやはり心姫は優しい。


 心姫という名前の通り、心も体もお姫様のような心姫が、周りからの嫉妬でいじめを受けているなんてやはり受け入れがたい。


「私もあまり協調性が無いというか、周りに流されるみたいなことが苦手というか、納得できないんです。それでずっと良い成績をとって、ゴマスリだと言われても先生たちの手伝いをしたりして……。なので私自身に責任がないわけではないんですけどね」


「いや無いだろ」


 心姫の発言に、俺は思わず語気を強めてそう言った。


「……へ?」


「今の話が全部本当だとするなら、心姫に責任なんて無いだろ」


「ま、まあそあかもしれませんけど、いじめられている側にも責任がある言ったりもしますし……」


「いや、俺が心姫に責任が無いって言ってるんだから絶対心姫には責任が無い」


「……」


「どうした?」


「あっ、いや、瑛太さんがそんな発言をされるとは思っていなかったので、意外だったというかなんというか」


 心姫の話を聞いて頭に血が昇っていた俺は、自分でも意外すぎるくらい独りよがりな発言をしていた。

 俺が責任が無いと言えば心姫に責任が無いなんて、どこに根拠があるんだよ……。


「……ごめん、ちょっと頭に血が昇ってたわ」


「ふふっ。私は今の瑛太さんの発言がすごく心強かったです」


「ならよかった。今の話を聞いただけでも頭に血が昇っちゃうくらいだからさ、四年もずっと耐えられてきた心姫はすごいよ」


「いや、でもそのせいで友達もできませんでしたし……」


「そんな奴らと友達になる必要なんて無いって」


「そうかもしれませんね。……でも一つだけ心残りがあるんです」


 そう言って表情を曇らせた心姫は、心残りについて話し始めた。


「心残り?」


「お母様に友達を紹介できなかったことです。お母様が亡くなる直前、私言ったんです。『いい友達に囲まれて学校もすごく楽しいよ。だから安心してね』って。それでお母様に安心してもらえたのはいいのですが、嘘をついてしまった罪悪感もありましたし、本当のことを言えばお友達を連れて行って安心させてあげたかったなと」


 今にも息を引き取りそうだった母親に対して、そんな嘘をつくなんてどれだけ心苦しかったことか。

 そんな嘘をついてでも母親に心配をかけたままにはしたくないという心姫の気持ちは痛いほどわかるが、嘘をついてしまった罪悪感と、母親に友達を紹介できなかった心残りを抱えたまま生きているのも計り知れないほど苦しかったはず。


 そんな心姫に、俺はこれからもずっと寄り添っていたいと、自然とそんなことを考えていた。


「そうか……。でももう心姫には友達がいるだろ?


「……え?」


「もちろん俺は友達だろ? それに今日で賢人とも花穏とも友達ににったじゃねぇか」


「瑛太さんは確かにお友達ですが、賢人さんたちからしてみれば初対面の私なんて……」


「何言ってんだよ。賢人自身が言ってただろ? 友達の友達は友達だって。どんな陽キャ理論だよって突っ込みたくはなるけど、賢人も花穏ももう心姫の友達じゃないか」


「……そうですね。賢人さんも花穏さんも快く私のことを受け入れてくださって、とってもいい方で、きっと私のことを心の底から友達だと思ってくれていると思います」


「ああ。だからさ、今度みんなで心姫のお母さんに挨拶に行くよ。心姫にいつもお世話になってますって」


「……お母さんも喜びますっ」


 そう言う心姫の目には涙が浮かんでいた。


 それだけいじめに対して我慢をして、母親に嘘をついていたことに苦しんでいたということなのだろう。


 友達ができて一番喜んでいるのは心姫の母親ではなく、母親に友達を紹介できることになった心姫自身なのではないだろうか。


「とにかく限界も近いんだから、大変なら無理せず学校も休めよ」


「……ふふっ。お父様と同じことを言うのですね」


「みんな心姫のことを心配してるんだよ」


「あっ、今日の話なんですけどお父様には言わないでもらいたいんです。心配はかけたくないので……」


「わかった。俺にできることはないか?」


「はい。大丈夫です。今はお友達ができたこととか、瑛太さんに言ってもらった言葉でまた頑張れそうなので。また何かあったら手助けをお願いしますね」


「わかった。いつでも相談してくれ」


「あの、一つだけお願いしてもいいですか?」


「ああ。なんでも言ってくれ」


「私、瑛太さんのことをもっと知りたいです」


「俺のことを?」


 そう言われた俺は後日、心姫をとある場所へと連れて行くことになった。

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