第19話
「ねぇ心姫ちゃん、率直に訊くけど心姫ちゃんって瑛太のこと好きでしょ」
「すっ、すすすす好きぃ⁉︎」
花穏に連れ出され二人でたくさんのお店が立ち並ぶ通りを歩いていた心姫は、突然の質問に動揺を隠すことができなかった。
花穏とは先程知り合って友達になったばかりだというのに、『瑛太のこと好きでしょ』と指摘されるなんて、よほど瑛太に対する好意が漏れ出していたのだろうかと心姫は不安になった。
自分以外の人間から見ると、瑛太に対しての気持ちが明白に見えているというのは由々しき事態である。
自分以外の人間、ということは瑛太も心姫の気持ちに気付いてしまう可能性があるからだ。
「そんなに動揺しなくてもいいよ。瑛太って魅力的だし、車に轢かれそうになったところを助けられたんじゃあ好きになるのも仕方がないよねぇ--なんて偉そうなこと言ってるけど、心姫ちゃんが瑛太を好きって確信したわけじゃないから本当に好きなのかどうか訊いておこうと思って」
心姫が瑛太のことを特別な人だと思っているのは事実だ。
車に轢かれそうになっていたところを自らの安全を顧みず助けてくれたり、瑛太が轢かれたことに心姫が責任を感じないよう配慮した行動をとってくれたりと、特別な人だと思わない方がおかしいレベルである。
実際瑛太と会った後に、使用人である優奈さんから顔が綻んでいることを指摘されているので、瑛太に対して他の人には抱いていない感情を抱いているのは事実だ。
とはいえ好きかと言われると、好きだと断言ができない状態なのも事実だった。
心姫は小学校の頃からずっと女子校に通っているため、男子と関わる機会が著しく少なく、恋をした経験が無いのだ。
恋をしたことが無いのだから、瑛太に対して抱いている特別な感情が恋なのかどうかわからないのも当然のことで、花穏からの質問に口をつぐんでしまう。
「わっ、私は、その……」
「その……?」
「瑛太さんのことは特別だと思っています。車に轢かれそうだったところを助けてくれたのもそうですし、それ以降も随所に瑛太さんの優しさが見えて、こんなに魅力的な人には今まで出会ったことがないです。……でも私、ずっと女子校に通ってることもあって恋をしたことがないので、瑛太さんに抱いている特別な感情がただの感謝なのか、恋心なのかわからないんです」
「えっ、そんなに可愛いのにまだ一人も彼氏いたことないってこと⁉︎」
心姫が会話したことがないという話に驚きを隠せない花穏は、思わず普段より少しだけ大きい声で訊いてしまった。
そんな花穏からの質問に心姫は「そっ、そうなります……」と恥ずかしそうに返答した。
「流石お嬢様学校に通ってるだけあるね……。まあその感情が恋であったにしろ恋じゃなかったにしろさ、今後も瑛太と仲良くしてくれると嬉しいな。瑛太ってすごく優しいのに学校でも基本口数が少なくて静かにしてるタイプだから私たち以外に友達いないんだよね」
「そういえば先程も瑛太さんに助けられたことがあるって言ってましたけど、何かあったんですか?」
心姫がそう訊くと、花穏は少しだけ嬉しそうな表情で過去の話を始めた。
「私ね、賢人への告白はラブレターでしたんだよ」
「へっ、ロマンチックで良いですね」
「はははっ。そうなんだけどその時に問題があってね、私以外にも賢人のことが好きな女の子がいたんだよ。それでね、その女の子が賢人の靴箱に入れた私のラブレターをこっそりゴミ箱に捨てちゃってたんだって。それを見てた瑛太が、ゴミ箱に入ってたラブレターを拾って賢人の靴箱に戻してくれたみたいでさ。私の友達がその場面を目撃して教えてくれたの。それからだね、瑛太と友達になったのは」
「……ふふっ。なんか瑛太さんらしすぎて笑っちゃいました。今も昔も瑛太さんは変わらず瑛太さんなのですね」
心姫は瑛太が自分以外に見せる顔を知らないし、自分と出会う前の瑛太がどんな人で何をしていたかも知らない。
心姫が知らない自分以外に見せる瑛太の優しさに、やはり瑛太はいつどこで何をしていても瑛太なのだのと心が温かくなった。
「うん。そんなに優しい瑛太に友達が少ないなんて可哀想だからさ、瑛太とはこれからも友達でいてほしいんだ。友達の延長線で心姫ちゃんみたいな性格も外見も可愛すぎる女の子が恋人になってくれたら直良しなんだけどね」
「そっ、その、私が瑛太さんに相応しいかどうかはわかりませんが……瑛太さんの隣を歩いても恥ずかしくないような努力をしながら、自分が今抱いている特別な感情の正体を解明していきますね!」
「ありがとねっ。それじゃあ男たちのところに戻ろっか」
「はいっ」
瑛太が優しい人なのはその優しさを向けられたことがある心姫が一番理解しているが、瑛太のために私の気持ちを確認したり、私に瑛太さんの優しさを説明してくれる花穏も優しすぎる人なのだろうと心姫は考えていた。
まだほとんど喋ってはいないが、瑛太の親友で花穏の恋人となれば賢人が優しい人なのは言わずもがなである。
そんなことを考えている心姫ではあるが、まさか花穏が瑛太のために一肌脱いで、自分の気持ちに気付いていない心姫に自分の気持ちに気付かせてやろうと、「瑛太のことが好きなんでしょ」と質問したり、瑛太の優しさを語ったりしていることに心姫が気付くことは無いのだった。
◆◇
心姫と瑛太は賢人たちとの遊びを終え、優奈さんが運転する車に乗り込み瑛太の家へと向かっていた。
「どうだった? 賢人と花穏は」
「えっ⁉︎ あっ、は、はい、とても良い方たちでした」
「……どうした? そんなに焦って」
「いやっ、なんでもないですよ⁉︎」
車の中で瑛太に話しかけられた心姫はわかりやすく動揺してしまい、思わず声が上擦ってしまう。
心姫は花穏との会話で完全に瑛太のことを意識させられてしまったのだ。
まさか花穏が私に瑛太が好きかどうか訊いてきたのは、私に瑛太さんのことを意識させるのが目的だったのか⁉︎
なんて思ったが、流石にそれはないかとすぐに考えるのをやめた。
(……えっ、なんで、なんでなの⁉︎ なんか瑛太さんカッコ良すぎない⁉︎)
これまで心姫は瑛太の優しさに惹かれ特別な人だと感じていたが、悪い意味ではなくそもそも外見に興味が無いという意味で瑛太の外見が良い悪いと考えることはなかった。
それがどうして、花穏と瑛太の話をして瑛太のことを恋愛対象として意識し始めると、やたらとカッコよく見え始めたのだ。
「いや、だってなんでもないって言ったって明らかに様子がおかしいだろ」
「いや、本当におかしくないです! ただ瑛太さんのお友達に会えたのが嬉しくてちょっとテンションが上がっているだけで--」
「ほれっ、ちょっと頭貸してみろ」
「きゃっ--⁉︎」
ただでさえ瑛太との距離を空けたいと思っているというのに、瑛太は自分の額を心姫の額に当てて熱がないかどうかを確かめてきた。
その瞬間、さらに胸の鼓動は跳ね上がり、心姫は思わず息を止めた。
「うん、熱は無さそうだな」
「あっ、ありがとうございますっ……」
「それにしてもびっくりしたわ。まさか賢人たちに遭遇するなんて」
心姫は『いや今の行動の方がびっくりしたんだけど⁉︎』と心の中で思ったが口に出しはしなかった。
「私もびっくりしました……。でも瑛太さんのご友人の方に会えて嬉しかったです。瑛太さんもそうですけど、瑛太さんのご友人もお優しいんですね」
「……まあそうだな。優しくない時もあるけど、それはまあノリだってわかってるし」
「羨ましいです。私はその……学校ではいつも一人なので」
「学校で一人?」
「……はい。実は私、いじめられてるんです」
「……へ?」
それから心姫は決心したように、自分が学校でいじめられている話を瑛太に明かし始めた。
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