第51話
風邪が治った俺は念のため、一日余分に学校を休んでから登校することにした。
風邪が治ったからといってすぐに登校し、再び風邪引いてしまってはまた心姫に迷惑をかけることになってしまうからな。
心姫が俺の家までやってきて看病をしてくれたことは覚えているのだが、体力の限界を迎えて眠ってしまってからのことは覚えていない。
目が覚めた時には心姫の姿はなかったが、左手に残る温もりが、目覚める直前まで心姫が付きっきりで俺の感情をしてくれていたことを証明していた。
俺にここまで優しくしてくれる心姫が渡してくれた婚約指輪を見つけられないなんて、俺はなんてダメな奴なんだ……。
そう落ち込みはするものの、いつまでも落ち込んでいては行けないと身支度をしてから家を出た。
「あっ、おはようございます」
俺が玄関の扉を開けると、扉の前に立っていたのは心姫だ。
普段俺を迎えにきてくれる時は三木さんが運転している車の中で待っているのだが、今日はなぜか玄関の前までやってきてくれていた。
「おはよう。わざわざどうした? 玄関前まで来て」
「瑛太さん病み上がりだと思うので、心配で前まで来ちゃいました」
心姫は俺が風邪を引いていた時に、わざわざ学校を休んでまで俺の家に来て看病してくれた。
それだけでも心姫に対する俺の気持ちは更に大きくなっているのに、病み上がりの俺を気遣って玄関の前まで迎えに来てくれる心姫の優しさに、俺の中の心姫という存在は更に大きくなった。
心姫が優しいのはもう当たり前の様に理解しているが、心姫はいつでも俺の知っている優しさの上を行く。
「ありがとな。看病もありがとう。本当に助かったよ」
「いえ、私は一生をかけてでも瑛太さんに恩返しをしないといけない立場なので」
心姫のその言葉は嬉しくもあり、若干引っかかる部分もあった。
その言い方だと俺が心姫の命の恩人でなければ俺と心姫が関わることは無かったと、そう言われている気がして。
表情には出していないが、やはり心姫は婚約指輪を失ってしまったことに相当なショックを受けているのだろうか。
俺と関わらなければあの婚約指輪を失ってしまうことはなかったと考えると、心姫が俺と関わらなければよかったと考えていてもおかしくはない。
……いや、これまで築き上げてきた俺たちの関係が、指輪を投げ捨てられただけで崩壊するなんてあり得ないよな。
今は後ろ向きな考え方を捨て、これから指輪についてどうしていくのかを考えることにしよう。
「……ありがと。じゃあ行くか」
「はいっ!」
そう言って笑顔で俺の横を歩いていく心姫の姿を見て、これからの俺が死ぬまでずっと、心姫という優しすぎる女の子に俺の横で笑っていてほしいと、そう思わずにはいられなかった。
◆◇
お昼休み、俺は賢人と花穏の二人と机を囲み昼飯を食べていた。
「半日経ったけど体調は大丈夫か?」
「ああ。もういつも通りの体調に戻ったよ」
「馬鹿は風邪ひかないって言うのにひくこともあるんだね」
「花穏さん相変わらず辛辣ですね」
「愛情の裏返しってやつだよ。瑛太が休んでる間花穏の奴、瑛太のことめちゃくちゃ心配してたからな。心配しすぎてイライラしてんだよ」
「ちょっ、それ言ったらダメなやつ!」
花穏は心姫の様に優しさを全面に出していくタイプではないが、実は誰よりも相手のことを考えられる優しい女の子だ。
そうでなければ賢人も花穏を彼女には選んでいないだろうし、優しさ以外にもいいところはたくさんある。
花穏の優しさを理解しているからこそ、先程の馬鹿は風邪をひかないという花穏からのきつい言葉も優しさだと受け取ることができた。
「ありがとう。二人とも、心配かけてごめん。俺も花穏のこと大好きだからな」
「え、何それ告白? てか私心配はしたけど瑛太のこと大好きだなんて一言も言ってないから。俺もって言い方はおかしいから」
「それにしてもなんで風邪ひいたんだ? 瑛太が風邪ひくなんて聞いたことないし、風呂入った後に全裸で外にでも出たのか?」
「え、俺って賢人の中でそんな変態人間って理解になってんの?」
「……」
「いや無言はやめてくれ。それならまだ花穏みたいに馬鹿って言ってくれた方がよっぽどマシだわ」
「まあ瑛太が色んな意味で馬鹿なのは事実だしな」
「マシとは言ったけどなんか引っかかるなその言い方」
そう言っておきながら、心姫の忠告を聞かずに川の中に入って指輪を探していた自分の姿を思い出すと、まあ確かに馬鹿かもしれないと思わされた。
「特に風邪ひいた理由は無かったのか?」
「無かったってわけじゃないんだが……」
純花に指輪を川へ投げ捨てられ賢人たちにも指輪を探してもらった後で、賢人からは『まだ探す気があるなら俺たちも手伝うからな』と言われていた。
とはいえ俺としては俺の都合に賢人たちを巻き込むわけにはいかないと、賢人に指輪を探してくれたお願いすることはなかった。
それだけに、一人で川の中に入って指輪を探していたとは言いづらいんだよな……。
そんなことを考えていると、後方から唐突に声をかけられた。
「瑛太、ちょっと来なさい」
「……」
そう言って俺を教室から連れ出そうとしたのは、最低最悪の元カノ、純花だった。
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