第52話

「……なんの用だよ。ただの他人に声かけてきて」


 屋上に到着した俺は、目を細め純花を睨みながら語気を強めてそう言った。

 純花と会話をするのは指輪を投げられた日以来のことだが、俺はもう純花のことを心の底から他人だと思っているらしい。


「そっ、その……悪かったわよ。指輪、川に投げ捨てて」


 今更謝罪をされたところで純花に対する評価が変わることはないが、まさか素直に謝罪をしてくるとは思っていなかった。

 俺が純花に怒声を浴びせたのはあの日が初めてなので、流石の純花もことの重大さを理解したのだろうか。


 しかし、その謝罪が俺の心を逆撫でする。


 素直に謝罪をされれば普通は『反省しているならまあ』と許すところなのかもしれない。

 しかし、純花はあの指輪にどれほどの価値があり、どれほどの想いが込められているのかを知らないし、あの日俺が指輪を心姫に渡して気持ちを伝えようとしていたことも知らない。


 どうせ『そこらへんで買った数千円程度の安価な指輪なら謝罪をすれば許されるだろう』と軽く考えているのだろう。

 それに純花の態度からは、自責の念に駆られ心の底から本気で俺に謝罪をしようとしているとは感じられず、俺に許してもらうため、要するに自分のために謝罪をしてきているような気がして、俺は純花を許そうとは思えなかった。


 仮に本気で謝罪をしてきたのだとしても、謝罪をするなら指輪の件だけではなく、他の男を好きになって俺を振り、あらぬ噂を流して俺を陥れようとしたことについても謝罪をしなければ筋が通っていないだろう。


「今更謝罪されたっておせぇよ。あの後どれだけ必死になって探しても指輪は見つからないし」


「なっ、私が謝罪してあげてるって言うのに何よその態度は⁉︎」


 ……珍しく謝罪をしてきたので少しは変わったのかと思っていたが、やはり純花は昔から変わっていない。

 いつまで経っても自分本位で、何故か上から目線で話をしてくる。


 あんなことがあった後でなぜ上から目線で話が続けられるのだろうか。


 そんな純花の態度には、俺もそれ相応の態度で返さざるを得なかった。

 

「謝罪してあげてる……? いつまでたっても上から目線だなお前は」


「なっ、何よ。なんか文句あるわけ……?」


 俺の言葉に怯んだ様子の純花に畳み掛ける。


「お前が川に向かって指輪を放り投げたせいで俺が毎日川の中に入って探すことになって風邪もひいたし心姫が悲しんだんだろうが‼︎ それがなんだ謝罪してあげてるってのは‼︎ なんでお前はいつまで経ってもクズ人間なんだよ‼︎」


「ま、またクズって言ったわね⁉︎ 変わらないって私だって変わろうとしたからこうして謝罪に--」


「変わろうとするならまずその傲慢な態度から変えてこい‼︎」


「ご、傲慢--」


「まあどれだけ謝罪されたって俺がお前を許すことなんてあるわけないけどな‼︎ もう二度と俺たちに関わるなよ‼︎」


「二度とって、そんな冷たいこといわなくったって--」


「俺に他人だって言い放ったのはテメェだろうが‼︎ 調子乗ってんじゃねぇぞ‼︎ おまえが俺にした仕打ちを考えてみろ‼︎ たった一言心のこもってない謝罪されたくらいで許すわけねぇだろうが‼︎」


「謝っても許してもらえないならどうしたらいいのよ‼︎」


「だからもう二度と関わるなって言ってるだろうが‼︎ おまえは俺たちに不幸しかもたらさないんだからなぁ‼︎」


 そう吐き捨てながら俺は純花に背を向けて屋上を後にした。 

 仮に俺の言葉で純花が涙を流していたとしても俺にとっては関係のないことだし、もう純花の方を振り返る必要はない。


 これからの人生で俺が純花と会話をすることは、もう二度と無いだろう。



 ◆◇




 学校に復帰してから一週間が経過したが、あれ以来体調を崩してはおらず体調は万全となっていた。


 病み上がりで川に入って指輪を探しでもしたらまた風邪を引いてしまう可能性もあり、指輪を探すのは自重していたので、そのおかげもあって体調は万全になったのだろう。


 そして今日、学校での授業を終えた俺は放課後三木さんに自宅まで送り届けてもらってから服を着替え、再び指輪が投げ捨てられた川へとやってきてきていた。


 冷たい川の中に入って指輪を探したせいで風邪を引き心姫に迷惑をかけたというのに、なぜまた指輪が投げ捨てられた川にやってきているのか、まさかまた川の中に入って指輪を探そうとでもしているのか? と思う人もいるだろう。

 

 そのまさかである。


 俺は川に到着してすぐ、川の中に入って指輪を探し始めた。

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