第50話

 瑛太『ごめん、ちょっと体調不良で今日は休むから迎えは大丈夫』


 瑛太さんからそんなLINEが送られてきた私は、瑛太さんの体調を心配するよりも先に、瑛太さんが風邪を引いた理由について考えてしまった。


 まさか瑛太さん、川の中に入って指輪を探していたんじゃ……。


 瑛太さんには川の中に入って指輪を探すのは危ないし風邪を引く可能性もあるのでやめてくれと伝えていた。

 だから川の中には入っていないと思っていたんだけど……。


 瑛太さんに車に轢かれそうになっていたところを助けられてから半年間、瑛太さんが風邪を引いたという話は聞いたことがない。

 車に轢かれても足を骨折するだけで済む体の丈夫さを持つ瑛太さんなので、このタイミングで風邪を引くとは考えづらい。


 何はともあれ瑛太さんの体が心配だった私は急いで瑛太さんに電話をかけた。

 しかし、瑛太さんが電話に出ることはなく、折り返し電話がかかってくることもない。


 詩子さんは仕事をしているし、仕事に出て行ったらきっと瑛太さんは自宅にひとりぼっちになってしまうはず。


 そして私は家を出て、優奈さんが運転する車に乗り込んだ。


「優奈さん、今日は瑛太さんの家で下ろしてください」


 そんな私の言葉に、優奈さんはこくりと頷き車を走らせ始めた。




 ◆◇




「……え、心姫?」


 玄関の扉が開くと、瑛太さんが目を見開いて私の方を見ていた。

 息の荒さからもかなり体調が悪そうなことが伺える。


「心配できちゃいました」


「心姫……」


「えっ、ちょ、瑛太さん⁉︎」


 瑛太さんは突然私にもたれかかれてきて、私はもたれかかってきた瑛太さんを抱きしめた。

 最初は何事かと驚いたが、瑛太さんは自分で立っていられないほど体調が悪いらしい。


「だっ、大丈夫ですか⁉︎」


「ああ……。ちょっと喉が渇いてお茶を取りに来たんだけど……」


「お茶ですね。私が入れてくるので、瑛太さんはベッドで寝ててください」


「ありがとう。てか心姫、学校は?」


「仮病で休んじゃいました」


「……ごめん。結局迷惑かけてるな」


「大丈夫ですよ。私もたくさん迷惑かけましたから。ほら、早くいきますよ」


 なんとか意識はあるし、会話をできそうなことに一安心した私は瑛太さんをベッドに寝かし、それからお茶を取りに行くことにした。


 瑛太さんの家、謝罪に来た時に玄関まで来たことはあるけど、中まで入るのは初めてだな。


 ここが瑛太さんの家……。


 ……ってダメダメ!

 私は瑛太さんの家に瑛太さんを看病しに来たんだから、家の中をジロジロ見てる場合じゃないでしょ!


 自分にそう言い聞かせながらキッチンに向かい、『失礼します』と声をかけてから冷蔵庫を開けた。

 そして冷蔵庫に入っていたペットポトルのお茶をコップに注ぎ、瑛太さんの元へ持っていく。


「瑛太さん、お茶持ってきましたよ」


「ありがとう」


 いつもよりボーッとしている瑛太さんは子供みたいで少し可愛い。

 私からしてみれば瑛太さんは命の恩人であり、私がいじめられているという状況を改善してくれた頼りがいのある男の子というイメージがあるので、子供みたいな瑛太さんはギャップがあってやたらと可愛く見えた。


 って違う違う、ちゃんと看病のことを考えないと。


 そして私は瑛太さんの口元にコップを当て、瑛太さんにお茶を飲ませた。


「ありがとう。喉乾いてたから美味いわ」


「……瑛太さん、こんな時に訊くことじゃないかもしれないですけど、もしかして川に入って指輪探してくれてたんじゃないですか?」


「……やっぱりバレるよな」


 私の予想通り、瑛太さんは純花さんによって投げ捨てられた婚約指輪を川の中に入って探してくれていたようだ。


「もうっ! あれほど探さないでくださいって言ってたのに!」


「……ごめん」 


「……そうは言いましたけど、指輪を探してくれてたことは嬉しいです。ありがとうございます」


 私のためにしてくれた行動なので、ただ怒るだけになるのはお門違いである。

 そう考えた私は、瑛太さんにお礼の言葉を伝えた。


「いや、本当にごめん。心姫のためにと思って指輪を探してたのに、結局迷惑かけてたんじゃ本末転倒すぎるよな」


「そんなことありません。それを言うなら私なんかボーッとしてたせいで私の代わりに瑛太さんが車に轢かれたんですから、私の方がよっぽど瑛太さんに迷惑かけてますよ」


「そうかもしれないけど本当にごめん。結局指輪も見つけられなくて……」


「当たり前ですよ。あんな大きい川からちっちゃな指輪なんてそうそう見つかりません。本当にありがとうございます」


 私と会話をしていると、瑛太さんの息は少しずつ荒くなっていく。

 病人の看病に来たのに説教をかまして、そのせいで病人の体調を悪化させてしまったのではそれこそ本末転倒すぎるので、私は会話を切り上げることにした。


「長々と話してしまってすみません。とにかく今は寝ててください。早く体調を直して学校に行かないといけないですし」


「本当にごめん。俺が指輪を持っていかなければこんなことには……」


「瑛太さんは悪くないです。元をたどれば瑛太さんに指輪を渡してた私が悪いんですから」


「そんなことないんだ……。俺、本当はあの時……」 


 そう言って、瑛太さんは無言になる。


「え、瑛太さん……?」


 無言になった瑛太さんの方を見ると、瑛太さんは目を瞑り眠っていた。


「え、なにそれ、瑛太さん、瑛太さん⁉︎」


 結局瑛太さんはそのまま眠ってしまい、病人を叩き起こすわけにもいかないので、瑛太さんがなぜあの時指輪を持っていたのか、本当の理由を聞くことはできなかった。

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