第49話

 純花の手によって心姫から受け取った大切な婚約指輪が川に投げ捨てられてから数日が経過した。


 数日が経過した今日も、俺は純花が指輪を投げ捨てた場所へとやってきて川の中に入り指輪を探していた。


 心姫からは『もう川に入って指輪を探すのはやめてください』と言われているが、指輪が投げ捨てられた日から今日まで、俺は心姫に内緒で毎日この川へと通い指輪を探している。

 やめてくださいと言われたからといって『はいやめておきます』と素直に言えるほどあの婚約指輪は価値の無い指輪ではない。


 金額的な面でも高価なものではあるが、その金額以上にあの婚約指輪は貴重なものなのだから、何が何でも見つけなければならない。


 そう考えて毎日川の中を探してはいるものの、指輪は中々見つからない。

 ここまで探して見つからないとなると、純花が投げ捨てた位置から流されてしまった可能性もある。


 流されてしまった婚約指輪を見つけるために、範囲を広げて川の中を探しているが、やはり指輪は見つからない。


 そこまで大きい川ではないとはいえ、指輪のような小さい物を見つけるのはやはり無謀なのだろうか……。

 毎日のようにそんなことを考えて少しずつ弱気になってしまってはいるが、だからといって探さないわけにはいかないので、俺は指輪を探すことを諦めず毎日川の中に入っていた。


「いやぁ……。やっぱり見つからないな」


 指輪が見つからないことに焦りを感じると共に、俺の心の中には純花に対する怒りが芽生えている。

 純花が指輪を投げ捨てなければこうして毎日川の中を探すハメにはなっていないし、心姫に指輪がなくなったとショックを受けさせることもなかったのだから。


 純花とはもちろん学校で顔を合わせるが、あの日のことについて咎めたりはせず何事もなかったかのように過ごしている。

 そんなことをしても指輪が手元に戻ってくるわけではなく、何より純花と面と向かって話をしてしまえば本気でキレてしまいそうだし、そんなことに時間を割くより指輪を探すことに俺は時間を割きたかった。


 もちろん指輪が見つかったら、純花を断罪するつもりではあるけどな。


 どうにか純花に対する怒りを抑えながら、指輪を探し続けるが、やはり指輪は見つからない。


 『指輪が見つからない』→『純花に対して怒りが芽生える』→『怒りを抑えて指輪を探す』→『指輪は見つからない』→『純花に対する怒りを覚える』


 そんな無限ループを繰り返しながら、俺は指輪を探し続けていた。


 それにしても今日は冷えるな……。


 十一月も中旬に差し掛かり、秋を通り越して冬を迎え始めており本格的な寒さとなってきた。

 寒さを言い訳に指輪の捜索を断念することはできないが、我慢をして川の中に入るにはそろそろ厳しくなってきた。


 川の中に入って水に浸かるのは膝下までではあるが、水に浸かっている部分、特に足先はもう冷たすぎて感覚がなくなってしまっている。

 とはいえ時間が経てば気温はどんどん下がっていき、十二月に突入する頃にはもう寒すぎて川の中に入っての指輪捜索は断念するしかなくなってしまうだろう。


 そうなってしまっては春まで捜索ができないし、そこまで捜索をしなければ流石に指輪はどこかへ流されてしまい、もう二度とあの婚約指輪を見つけることはできなくなってしまう。


「……よしっ。気合い入れるか」


 それから更に一時間程川の中に入って指輪の捜索を続けたものの、指輪が見つかることはなかった。




 ◆◇




「それじゃあお母さんお仕事行ってくるから。ヤバくなったら電話してきてね」


「了解」


「……ごめんね。お仕事休んであげられなくて。お仕事休むと今月厳しくてね」


「もう高校生なんだし大丈夫だよ」


「……強くなったね。それじゃあお母さん行ってくるから」


 そう言って玄関の扉を開けて家を出て行く母さんに手を振り、母さんを見送ってから俺はベッドに戻った。


「……死にそう」


 俺はベッドの中で布団に潜り天井を眺めながらそう呟いていた。


 川の中に入って指輪を探し続けても風邪を引くことはなかったので、調子に乗って一週間川の中に入り指輪を探し続けた結果、俺は風邪を引いてしまったのだ。


 熱は三十九度を超え、喉は痛いし鼻水は止まらない。

 小学生の頃はよく風邪を引いていた記憶があるが、中学生になってからは体も強くなったのか、まともに風邪を引いて学校を休んだ記憶はない。


 そんな俺が風邪を引いたしまったのはやはり無理をして冷たい川の中に入り続けたことが原因なのだろう。


「風邪ってこんなに大変だったっけか……」


 久しぶりに引く風邪はあまりにも大変すぎる。


 もう学校にも心姫にも風邪で休む連絡入れたので、とにかく横になってたくさん寝て早く風邪を治そう。


 心姫からは電話がかかってきていたが、心配させないためにも心姫からの電話に出ることはしなかった。


「……お茶が飲みたい」


 ベッドに横になってすぐに喉の渇きを感じた俺は、重たい体を必死に起き上がらせてキッチンへと向かう。


 一歩一歩の足取りが重い。


 その上ボーッとしており上手く歩くことができない。


 こんな時に、心姫がいたら……。


 そう考えていた矢先、インターホンが鳴り響く。


 母さんが忘れ物でも取りに帰ってきたのだろうかと、俺は必死に玄関に向かい扉を開けた。


「……え、心姫?」


「心配できちゃいました」


 俺の目の前に心姫がいる。


 いや、でも心姫がこんなところにいるはずが……。


 そうだ、これは夢だ。


「心姫……」


「えっ、ちょ、瑛太さん⁉︎」


 どうせ夢ならと、体力が限界に到達していた俺は心姫にもたれかかるようにして抱きついた。

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