最終話

「……ってことがあってな」


 俺は川の中から指輪を見つけた経緯や、純花が反省して俺に謝罪をしてきた上でじぶんの悪行を暴露したこと、それから俺が純花に制裁を下したことなど、俺と純花の間で起きたことの全てを心姫に話した。


 すると心姫は喜怒哀楽どの感情にも当てはまらない表情を見せた。


 優しい心姫のことなので、純花がしっかり報いを受けたのは喜ばしくもあり、心苦しい部分もあるのだろう。


 心姫はまだ頭の整理が着いていないかもしれないが、とにかく指輪が見つかってよかった。

 純花が俺の元にやってきて一緒に指輪を探すことになってすぐ、指輪は見つかった。


 俺は純花が指輪を投げ捨てた場所をしっかりと見届けていたが、川の流れによって流されてしまっているだろうと考え範囲を広げて捜索していた。


 しかし、純花が『ダイヤって重くて水に沈むっていうし、そんなに流されてないんじゃない?』と言うので、指輪が着水したあたりを重点的に捜索した。

 すると着水した地点からほんの少しズレた場所の川底にある大きめの石と石の隙間から指輪は見つかったのだ。


「そんなことがあったんですね……。指輪を投げ捨てた純花さんのことは許せませんが、見つけてくれたことには感謝ですね。なによりこれまで自分がしてきた悪行をクラスメイトに全て明かしたというのはすごいことです。私が同じ立場だったとしたら同じ行動ができたかどうか」


 心姫が純花を許せないのは当然のこと。

 許せるわけがないし、復讐したいと思わないだけでも人間ができすぎていると思う程のことをやられてきたのだから。


  それでも心姫は反省して前に進もうとしている純花を恨み続けるどころか、純花の立場に立ち、自分なら純花のようにはできない、と尊敬の念すら抱いている。

 本当に心姫って人間は、仏のような考え方を持った女の子である。


 まあそもそも心姫が純花と同じ状況に立つことなんてあり得ないとは思うが……。


「それから純花さんはどうなったんですか? もう学校に復帰されてる頃ですよね?」


「残酷なもんだよ。ほとんどの生徒が純花とは口も聞かない、話かけられても無視って感じでさ。まあそれだけ最低な行為をしてるんだから当たり前なんだけど」


「そうですか……。少し可哀想な気もしますが、当然の報いですよね」


「これでもまだまだ足りないくらいだな。まあ可哀想とは言っても麻衣ちゃんは純花と一緒にいてあげてるしまだマシだと思う。俺が悪者扱いされてた時にそばにいてくれた心姫みたいなもんだな」


「なっ、そ、そ、それは少し、その、恥ずかしいというかなんというか……」


 俺の言葉を聞いて恥ずかしがっている心姫だが、自分が放った恥ずかしいセリフを恥ずかしいと思うことはなかった。

 それはもう本心を隠す必要が無いからである。


「……心姫、本当にありがとう。いつどんな時も俺のそばにいてくれて、寄り添ってくれて。初めて心姫の家に行った時に言ってたよな。お互いがお互いの悲しみを癒せるような関係になれたらいいなって。俺が心姫を支えられてるかはわからないけど、間違いなく俺は心姫に支えられてた。今そんな関係になれてるのが俺は嬉しい」


 普段なら恥ずかしいセリフのはずなのに、覚悟を決めた俺の口からはスラスラと恥ずかしいセリフが飛び出してくる。

 そんな俺のセリフに応えるように、心姫も俺の目を見て話し始めた。


「……私はまだまだ瑛太さんに恩返しできていません。命を救ってもらったんですから一生をかけても返し切れない恩です。それなのに、私は命を救ってもらっただけでなくそれ以上のものをたくさんもらいました。だから私は瑛太さんにこれからも恩返しをしていきたいと思っています。瑛太さんはわからないと言ってましたが、十分すぎるほどに私は瑛太さんに支えられています。お互いがお互いの悲しみを癒せる関係になれてます。本当にありがとうございます」


 初めて心姫の家に行って、お互いの悲しみを癒せるような関係になれたら、と話していたことが現実になるなんて夢にも思っていなかった。

 そんな関係になれたのは、心姫が自分よりも他人に幸せになってほしいと心の底から思っている人間だからだろう。


 ……あとまあ、少しは成長した自分のことも褒めてやらないとな。


「心姫もそう思ってくれてるならよかった。この指輪、渡してくれてありがとな。そのおかげで勇気付けられたし、不登校にならずにすんだ」


「指輪を渡されて迷惑しているのではないかと思っていたので、そう言ってもらえて安心です」


 心姫の立場を考えれば、結婚指輪を渡すなんて迷惑ではないだろうか、と不安に思う気持ちは理解できる。

 それなのに、心姫は俺がいじめに悩まされている時、迷うことなく俺に婚約指輪を渡してくれた。


 一体どれほど覚悟が必要なことだっただろう。


 自分のことなんてそっちのけで俺のことを考えてくれる心姫はやはり優しすぎる。


 俺はそんな優しい心姫のことを今すぐ抱きしめたいと思うほど好きで好きでしかたがない。


 しかし、それをするのは気持ちを伝えてから。


 俺が今日まで指輪が見つかったことを心姫に報告しなかったのは、今日、クリスマスイブにこの場所で、心姫に指輪を渡そうと思っていたからである。


 クリスマスイブは武嗣さんが千景さんに婚約指輪を渡した日。

 そしてこの景色が綺麗なビルの屋上こそが、指輪の受け渡しが行われた思い出の場所なのだ。


 この指輪は武嗣さんから受け継がれたもの。

 

 武嗣さんと千景さんの思い出を大切にしていく意味でも、俺は今日という日にこの場所で指輪を渡したかった。


「俺さ、純花と別れた後、本当に落ち込んでたんだ。でもその穴を埋めてくれたのが心姫だった。いや、埋めるどころか純花がいた穴を一瞬で飛び出して、俺の心の中全てを埋め尽くしてくれた。そんな心姫には感謝しかないし、心姫と出会ってなかったらどうなってたかわからない。大袈裟って思われるかも知れないけど、心姫のおかげで俺は今生きてるんだ」


「それは流石に大袈裟だって思ってしまいますね」


「だろ。でも本当に大袈裟なんかじゃない。……もう俺の心の中には心姫が居座ってるし、そこから心姫がいなくなったら生きていけなくなる自信があるからな」


「ふふっ。なんですかそれ。私がいなくなっても頑張って生きてください」


「まあできるだけ頑張るよ。とにかくさっきも言ったみたいに俺の心の中はもう心姫に埋め尽くされてるんだ。俺の人生においては酸素よりもなくてはならないものになってる」


「もう少し可愛い例えなかったんですか? というか酸素がなくなったら本当に死んでしまうじゃないですか」


 そう言いながらふふっと笑う心姫の笑顔が、どこかのドラマやアニメの受け売りとかでもなんでもなく、窓の外に見える夜景よりも綺麗に見えた。

 あんな臭いセリフどこの誰が言うんだよって思ってたけど、本当にそう思う瞬間ってあるんだなと俺は関心していた。


「俺には心姫がいなくなったら本当に死んでしまうかもしれないってくらい心姫が必要なんだ--って流石にそれはプレッシャーになる言い回しになるけど……」


「そうですね、プレッシャーというか私がいなくなっても瑛太さんには死んでほしくないので、それは約束してください。私たちはお互い母親、父親のことで、いつどのタイミングで大事な人がいなくなってもおかしくないってこと、よくわかってるんですから」


 今のはお互い若くして親を亡くしているものとして、適切な発言ではなかったな。

 心姫が死んだら俺も死ぬだなんで、そんなこと安易に言ってはいけない。


 上手く伝えられなかったが、俺が伝えたかったのはそれほどに心姫のことが好きだということ。


 難しいが、ハッキリ言葉にして伝えないと。


「……そうだな。安易なこと言ってごめん。仮に心姫が俺より早く死んでも寿命を全うするまでは絶対に死なないって約束する。とにかく俺が伝えたかったのは、俺が心姫のことを大好きだってことだ」


「……っ‼︎」


「何びっくりしてるんだよ。指輪を渡すってことはそういうことだろ?」


「で、でもだって、ただ指輪を返しに来てくれただけかもしれないですし……」


「そんなわけないだろ。もう一回言ってやろうか? 俺は心姫が大好きだ」


「なっ、何回も言うのは卑怯です!」


 赤面している顔が可愛すぎて少し意地悪してしまったが、これから何度でも俺はこの気持ちを心姫に伝えて行くつもりなので、これくらいで赤面されていては困る。


「それで、返事は?」


「……瑛太さんが命の恩人だからとか、そういうのは関係なく言わせてもらいます。私も瑛太さんのことが大好きです」


 そう言われた瞬間、俺は欲望のままに心姫のことを抱き寄せていた。


 武嗣さんもこの景色を見ながらこうして千景さんを抱きしめたのだろうか。こうして愛を感じていたのだろうか。


 そんなことを考えると同時に、俺は武嗣さんが千景さんを失った時の悲しみを深く理解してしまい、俺の頬を一筋の涙が伝った。


 まだ告白が成功して心姫が彼女になっただけで婚約はしていないが、今心姫を亡くしてしまったとしたら俺は立ち直れる自信がない。


 武嗣さんは偉大だ。

 千景さんが亡くなってからも立ち直り心姫を一人で育てているのだから。


 ……偉大なのは俺の母さんも同じだな。


 心姫と結婚することになったら、武嗣さんにも、母さんにも、しっかり親孝行することにしよう。


 ってか絶対結婚しよう。


 とにかく純花という彼女を失った俺は、心姫という最高のパートナーを手に入れた。


 純花と別れた上に心姫を助けて車に轢かれたことで、母さんからは『泣きっ面に蜂』と言われたことを鮮明に覚えている。

 それがまさか、『泣きっ面に蜂』ではなく『棚からぼたもち』だったなんて、その時の俺が気付くことは絶対にないのだろう。


 『棚からぼたもち』なんて言ってはいるが、きっと俺と心姫の出会いは偶然でもなんでもなく必然だったのだ。


 俺があの時心姫を助けようとしていなければ、心姫とは絶対に出会わなかっただろうし、心姫が事故にあった俺を献身的に支えてくれなければ、俺たちの関係が続くことはなかったのだから。


 きっと自分たちの行動で、人生なんて割と簡単に

変えられるのだろう。良い方にも悪い方にも。


 もし俺たちの出会いが必然ではなかったのだとするならば、友達がいない娘を心配した千景さんが天国から俺たちのことをくっつけようとしてくれていたのかもしれない。


 ってまさかそんなわけないか。






彼女に振られ自暴自棄になった俺は、車に轢かれそうになっていた美少女を突き飛ばして代わりに轢かれました 〜恩返しがあるなんて聞いてない〜 【完

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彼女に振られ自暴自棄になった俺は、車に轢かれそうになっていた美少女を突き飛ばして代わりに轢かれました 〜恩返しがあるなんて聞いてない〜 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d

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