第57話

 純花が自分の悪事をクラスメイトに暴露したという話を聞いた翌日、俺が教室に入ったら一体どんな反応をされるのだろうかと不安に思いながら登校してきた俺は、いつも通りを装って教室の扉を開けた。

 すると、教室内にいたクラスメイト全員の視線が一気に俺へと集まり、そしてその視線は少しずつ逸れていった。


 今の反応を見るだけで、純花が自分の悪事をクラスメイトに暴露したのは事実だとわかる。

 もしかしたら自分の悪事を暴露したというのは嘘なのではないかとも思っていたので、事実だったとわかった俺は胸を撫で下ろした。


 まあまだ純花が事実とは全く異なる話をしている可能性もあるけども。

 とにかく俺に向けられた視線には気付いていないフリをして、俺は賢人と花穏がいる席に向かった。


「すごいことになってるな」


 賢人は驚いた様子で俺に声をかけてきた。

 昨日までとは様子が一変しているので、驚くのも無理はない。


「すごくないだろ別に。悪人だと思われてた俺が普通の男子高校生だってわかったってだけの話で、異常な状態が正常な状態に戻っただけだからな」


「まあそりゃそうなんだけどさ。純花ちゃんに何言ったんだ? 瑛太が何か言ってないと自分の罪をクラスメイトに暴露する気にはならないだろ?」


「えーっと……まあクズとか傲慢とか二度と関わるなとか?」


「おっ、結構言ってやったんだね」


「花穏からも日常的に結構なこと言われてるけどな?」


「それは冗談ってやつじゃないですか」


「……とにかく純花に向かって暴言吐いたおかげで反省した純花が俺のとこまで謝罪しに来たし、言ってよかったとは思ってる」


 純花をクソや傲慢と罵ったことは良かったと思っているが、純花が謝罪をしに来たことに関しては『謝罪をされないよりはマシ』程度にしか考えておらず、純花のことを許したわけではない。

 謝罪しただけで済まされるほどこの世は甘くないのだ。


 賢人たちとそんな話をしていると、教室の扉を開けて純花が登校してきた。

 そしてクラスメイトたちは先程俺に向けていた気まずいような視線とは違い、純花に対して蔑んだ目線を向けている。


 今回に関しては純花自身が自分の悪事を暴露したので、クラスメイトが純花を蔑んだ目で見るのも当然だとは思う。

 しかし、純花が流したあらぬ噂を信じて俺を蔑んだ目で見てきたことに関してはクラスメイトたちを許していない。


「来たよ大デマ女が」 

「私利私欲で嘘つくなんて最低」

「思考がもう普通の人間じゃないよな」

「あれはもう人間の皮を被った悪魔だろ」


 クラスメイトが俺を疑っていたことは許していないが、俺の耳に聞こえてくる純花に対する反応は当然のものだろう。

 それくらいの報いを受けてくれないと、俺は純花を許す気にはなれない。


 俺がクラスメイトたちの陰口に聞き耳を立てていると、とある人物が純花に声をかけた。


「ね、ねぇ純花。瑛太君の話が全部嘘だったって話、本当なの?」


 純花に声をかけたのは、俺の頬をビンタした飯島だった。


「……本当よ」


「なっ、何それ。それじゃあ純花の話を信じて瑛太君を叩いた私がバカみたいじゃない!」


 そんな発言をした飯島には俺が蔑んだ目線を向けるよりも先に、クラスメイトたちが蔑んだ目線を向けていた。

 今の飯島の発言で、飯島は俺に対して謝罪をする気は全く無く、保身をしようとしたことがわかったからだ。


「……ごめん」


「--っ」


 力なく謝罪をした純花の目の前に立っていた飯島は、純花の前から俺の方へと向かって歩いてきた。

 一瞬またビンタしにきたのかと思ったが、流石にそれはないだろう。


「……純花の嘘、信じてビンタしてごめん。でっ、でも私悪くないよね? だって純花の話が嘘だったなんてわかるはずないし--」


「悪いに決まってるだろ! 純花が流した嘘の噂にどれだけ苦しめられたと思ってんだ! お前があそこでビンタしたせいでクラスメイトも本当の話なんだって信じちまったんだろ!」


 飯島の態度があまりにも酷すぎて、俺は自然と怒声をあげていた。


「だっ、だってそんな仕方ないじゃん! 純花が嘘つくなんて誰も思わないし」


「仕方なくねぇよ! じゃあお前は自分がやってもいないのに人殺しだって言われて死刑になっても仕方ないって言えるんだな!」


「そっ、それは……」


 飯島の発言があまりにも酷いものだったおかげで、純花と同じように飯島に対する陰口が聞こえてくる。


「信じるのは仕方ないにしても叩くのはないよな」

「てかすぐ自分の身を守ろうとするのせこくね?」

「類は友を呼ぶってことか」


 その陰口は飯島の耳にも届いており、プルプルと震えながら涙を流し始めた。

 飯島にとって耐えがたい仕打ちかもしれないが、当然の報いだし、おまえに涙を流す資格なんてねぇよ。


 飯島に対して陰口を言ってくれたクラスメイトには感謝だが、それと同時に腹が立ってくる。


「俺が悪いって決めつけて陰口言ってたクラスの奴ら全員飯島と同じだからな。陰口は全部聞こえてるし、視線でわかるから。飯島よりは悪くないにしても、おまえらの陰口で俺が自殺したらどうするつもりだったんだ? 自分は何もしてないのに噂信じて悪者扱いされた人間がどれだけ苦しいか……。お前らの安易な行動が人を殺すかもしれないって覚えとけよ!」

 

 クラスメイトたちはバツが悪そうに俺から視線を逸らす。

 まあ噂を信じるのは仕方ない部分もあるので、クラスメイトに対してはこれくらいにしといてやろう。


 飯島のことは勿論まだ許していない。


 報いは受けさせたし、純花のように反省して謝罪してくることを願おう。


「……ん?」


 飯島とクラスメイトに言いたいことを言い終わった俺の服を掴み、二度軽く引いてきたのは花穏だ。


 そして花穏は視線を俺から純花の方へと移す。


 ……そうだな。俺だけじゃなく花穏も賢人も、そして心姫も純花に対して溜まっているものがあるだろう。


 花穏に促されなくても今から純花を断罪するつもりだったが、俺自身のためだけでなく、みんなのために純花を断罪しよう。


「あと純花。謝られたとはいえ俺はお前を許してないからな」


「……当然ね」


「謝罪だけじゃなく俺はお前が報いを受けるべきだと思ってる。交通違反した人が罰金を払うのと同じようにな」


「……」


「だから俺は--」


「さっ、今日もいい朝だな諸君……ってあれ? なんか雰囲気悪い?」


 俺と純花が話していると、教室に担任の木村先生が入ってきた。

 そして教室内の雰囲気の悪さに気付いた木村先生に、俺は声をかけた。


「先生、ちょっと真面目な話、いいですか?」


「……ああ。言ってみろ」


「俺、純花に--」


 そして俺は純花にやられてきたことの全てを先生に話し始めた。




 ◇◆




 お昼休み、俺たちはいつも通り弁当を食べていた。


 お昼休みになっても純花は職員室から帰ってきていない。

 いや、職員室ではなく、生徒指導室かもしれないな。


 お昼休みまでにクラスメイトの数人は俺に謝罪をしに来てくれた。

 流石に全員が謝罪をしにくることはなかったが、それでも状況はかなり改善されたはずだ。


 俺のあらぬ噂が広まっていった速度を考えれば、学校中に俺が悪くないという噂が広まっていくのは時間の問題だろう。

 まあ俺が悪くないってことよりも、純花が悪かった、ってほうで広まっていくだろうけど。


「純花ちゃん全然戻ってこないな。なんの話してるんだろ」


「どうだろうな。何かしら先生たちが罰を与えてくれればいいけど、万引きをしたとか、直接暴力を振るったわけじゃないから罰を与えづらいのかもしれない」


「でも嘘をついて瑛太を陥れたり、指輪投げ捨てたり、かなり悪いことやってるから何かしら罰は与えてほしいところだけどね〜」


「まあそれはそうなんだけどさ」


 先生たち自身こんな例は体験したことも聞いたことも無く対応に困っているのだろう。

 そんなことを話していると、純花が教室に戻ってきた。


 そしてクラスメイト全員の視線を浴びながら、純花は自分の席に戻り何やら片付けを始めている。


 そんな純花に声をかけに行ったのは麻衣ちゃんだ。


「なんて言われたの?」


「……二週間の自宅謹慎」


 その言葉を聞いたクラスメイトは目を見開き、驚いた様子を見せる。


「そっか。正直その何日か分を私が引き受けるべきだとは思うんだけど……」


「そんなことない。私が全部悪かったの。麻衣がそういう子だって知ってて、圧力をかけて何も言えないようにしてたんだから」


「純花を止められなくて、酷いこと言っておいて都合がいいのはわかってるけど、私、待ってるから」


「……ありがとね」


 俺が純花に思いっきり断罪させられたのは、麻衣ちゃんの存在があったからだ。

 麻衣ちゃんがいてくれれば、俺がどれだけ断罪したとしても純花にはまだやり直すチャンスがあることになる。


 とはいえ、俺の純花に対する断罪はまだ終わっていない。


 最後の仕上げといこうじゃないか。


 正直どれだけ断罪したところで俺が純花がしてきたことを許すことはないだろう。

 それでもそれ相応の罰を受けてもらわなければ、気が済まない。


 そして次の瞬間、勢いよく教室の扉が開いた。


「--えっ、お母さん⁉︎」


 俺たちの教室に入ってきたのは純花の母親だ。


 俺は純花の母親に純花がしてきたことの全てをラインで送っておいたのだ。

 純花とは幼馴染で、純花の母親とも仲良くさせてもらってたからな。


 俺からのラインだけでは信じがたいかもしれないが、母親には恐らく学校から連絡が入る。

 それが決め手となり、純花の母親は急いで学校にやってきたのだろう。


 純花の母親は教室に入ってきて、早歩きで、そして無言のまま純花の元へと向かう。


 そして純花の顔を見て、目があった瞬間--。


 パチンッという乾いた音が教室中に響いた。


「何やってんのよアンタは!」


「そ、それは……」


「瑛太君と別れたって話は聞いてたけどまさかアンタがそんな最低なことをしてるなんて……」


 母親は顔を右手で覆い、呆れてどうしようもないといった様子を見せた。


「さ、最低って自分でもわかってるからこうして自分で……」


 パチンッ。


 再び教室に乾いた音が響く。


「何謝った気になってんのよあんたは! 瑛太君がどれだけ辛かったかわかる⁉︎ 反省しただけマシかもしれないけどね、それで許された気になって満足してんじゃないよ!」


「許された気になんて--」


 パチンッ。


 三度目の乾いた音が教室に響く。


 同じことを先生がしていたなら体罰になるだろうし、俺がしていたとしたら同罪だと言われていたかもしれない。


 しかし、それが母親なら話は別だ。


 これを虐待だと思う人間は今この場に存在していない。


「話は家で聞く。これから瑛太君のお家にどう謝罪するか考えないと……」


 子供がやってしまった罪の責任を取るのは親の仕事だ。

 親ってのは大変な生き物なんだとつくづく思う。


 俺みたいに車に轢かれて心配をかける息子もいれば、他人を陥れてその罪を償わないといけない状況を作る娘もいるのだから。


 今はまだ、親が尻拭いをしてくれるかもしれないが、俺たちはもうすぐ大人になる。


 そうなった時に尻拭いをしてくれる人はおらず、自分で罪を償わなければならない。


 それを純花にはわかってほしい。


 母親が入ってくる前に帰宅の準備を済ませていた純花の手を、母親が無理矢理引っ張って歩く。


 そして母親は教室を出る前に俺の元にやってきた。


「ごめんね瑛太君。昔はあんなに仲がよかったのに、こんなことになるなんて……。またちゃんと謝罪に行くから。あんたも謝りなこのバカ娘」


 そう言って純花の母親は純花の頭をわし掴みにして頭を下げさせ、そのまま教室を出て行った。


 今考えてみると純花の母親は自分のため、娘のために純花を怒っていたのではなく、俺のために純花を怒り頬を叩いてくれていたのかもしれない。


 これで終わったとは思えないが多少なりとも俺の心が晴れていたのは事実で、俺の中で純花の件に対して一区切りがついた気がした。


 純花と純花の母親がお金を持って謝罪に来て、どこの親も皆同じなんだなと既視感を感じたのはこの日から数日後の話である。


 ただ心姫と武嗣さんが謝罪をしにきてくれた時と少し違ったのは、母さんがそのお金を素直に受け取ったというところだった。

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