第17話

『せっかく骨折も完治したんだし飯でも行かないか?』


『ごめん、今日は先約が入ってるから』


 放課後、賢人から快気祝いということでご飯に誘われた俺だったが、心姫との予定が入っていたので正直に先約があると言って誘いを断った。

 すると賢人と花穏から「「先約?」」と声を揃えて驚かれ、賢人は「俺たち以外に一緒に遊びにいく奴なんているのか?」と何気に失礼なことを訊いてきた。 

 まあ事実これまでの俺にはそんな友達はいなかったし、交通事故で出会った心姫の存在は今のところ隠しているので「まあいなくはない」とだけ返したらそれ以上詮索してくることはなかった。


 賢人たちに申し訳なさを感じながら学校を後にした俺は、三木さんが運転する車に乗り今日の目的であるハンバーガー屋に到着していた。


「すごく美味しそうですね! 何を選べば正解なのか悩んじゃいます」


 ハンバーガー屋に到着した瞬間、心姫は子供の様に目をキラキラと輝かせ何を食べるか選び始めた。

 無邪気で楽しそうな心姫の姿を見れば俺との遊びを本気で楽しんでくれているのは明白で、今朝までの『もう心姫に会えなくなるのではないか』という俺の悩みはなんだったのかとため息が出る。


 まあ俺の悩みが杞憂で、これからも友達として心姫のそばにいられることになったのは素直に嬉しいんだけど。 


 今日俺たちがやってきたハンバーガー屋は、飲食店や服屋、雑貨屋などが立ち並ぶ通りの一角にあり、他にも魅力的な食べ物がたくさんあった。

 ハンバーガー屋目的でやってきた俺たちではあったが、魅力的なお店が多いせいで何を食べるか悩みはしたものの、最終的には予定通り比較的リーズナブルに食べられるハンバーガー屋を選んだ。


 純花に振られたと思ったら、その一ヶ月半後に心姫という美少女とハンバーガー屋に来ているなんて純花と付き合っている時の俺に言っても信用しないだろうな。

 あの時は順調にいけば純花とこのまま結婚するのかなと思っていたくらいだし……。


 というか今現在の俺がその状況を信じられないと思っているくらいだからな。

 純花と別れただけならまだしも、その後こんなに可愛い心姫と出会って友達になれただなんていまだに信じられない。


 何にせよ今日は賢人たちから誘われた予定を断って心姫と遊びに来ているので、申し訳なさは残るがその分全力で楽しまないとな。


「全部美味そうだな。俺はダブルチーズバーガーのセットにするよ」


「えっ、じゃあ私もそれ……は食べきれそうにないので、ダブルじゃなくて普通のチーズバーガーのセットにします」


「俺と別の味にしなくていいのか? シェアすれば色んな味が楽しめると思うけど」


「シェア……?」


 『シェア? 何それ美味しいの?』的な表情を向けられ、た俺は驚きながらも、自分の発言について補足を始めた。


「シェアってのはその、お互い別の味を頼んで相手の奴も味見するってことだよ。そうすれば二種類の味が楽しめるだろ?」


「なるほど、その手がありましたか……。それもありですね、悩まさないでくださいよ」


「すまん」と小声で謝りながらも、むしろハンバーガー選びを心の底から楽しんでいるように見える心姫の姿を見て、思わず優しく微笑んでしまった。


 …‥というか今の発言、そんな意図は勿論なかったが間接キスがしたいと言っているように聞こえなくもないよな。

 賢人と花穏と何かを食べに行くと決まってみんなでシェアをするので、いつものクセでそんな発言をしてしまったが、疑われてはいないだろうか。


 まあ心姫に限ってそんなことを勘繰るようなことはないか。

 


「うん、やっぱり同じ味を楽しみたいのでチーズバーガーにします」


 同じ味を楽しみたい、共感したいと言ってくれていることには一定の喜びを感じながらも、さりげなく間接キスが無くなってしまったことと、もしかしたら間接キスを嫌がられたのではないかとショックを感じながら、注文した俺たちは席でハンバーガーが来るのを待っていた。


「周りからいい匂いもしてきますし早く食べたいです」


「だな。匂いのせいでかなりハードル上がってるけど」


「そうですね、それでも平日でこれだけ人が多いってことはちゃんとそのハードルも超えてきてくれるんじゃないですか?」


「……だな」


 心姫のいう通り、盛況っぷりを見ればこのハンバーガー屋が美味いのはもう間違いないだろう。

 てかまあ心姫と一緒に食べるハンバーガーなんて多少不味くても全部上手く感じそうだけど。


「私ハンバーガーってあんまり食べないので余計に楽しみです」


「えっ、友達と一緒にいったりしないのか?」


「そ、そうですね……。その、えーっと……」


「えっ?」


 俺の質問に心姫がどう返答しようか悩んでいると、心姫とは別の女の子の声が聞こえてきて俺は声の聞こえた方向を振り返った。


「え゛っ」


 『え』に濁点が付いたような声を出した俺の視界に写っていたのは、賢人と花穏だった。

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