第16話
報告しよう。ついに俺の骨折が完治した。いや、してしまった。
骨折が完治したというのに病院から帰宅して自室のベッドの上で寝ている俺が、それを素直に喜べないのには理由がある。
心姫は今日も俺の病院に付き添い、献身的に俺をサポートしてくれた。
そんな心姫に骨折が完治したことを報告すると、心姫は自分のことのように、いや、自分のこと以上に喜んでくれていた。
骨折が完治してこれ以上心姫に迷惑をかけずにすんだり、心配をかけないで済むこと自体は喜ばしいことだ。
そう頭では理解しているのに、どうしても考えてしまう。
--骨折が治ったら俺と心姫の関係はどうなるのだろうか。
骨折が治ってしまったからにはもう普通に歩けるので、学校に行く際に送迎をしてもらう必要は無くなってしまうし、俺の身の回りのお世話をしてもらう必要もなくなってしまう。
そうなったら俺と心姫の接点は完全に無くなってしまうのだ。
俺と心姫は友達になっているのだから、友達として普通に遊べばいいだけなのでは? なんて考える人もいるかもしれない。
しかし、俺が心姫と友達になったのは、例えば学校で同じクラスだったからとか、話していて気が合うからなんて理由ではなく、車に轢かれそうになっていた心姫を助けた見返りなのだ。
見返りとして友達になっただけの人間が、体の状態が回復した後も厚かましく連絡を取って会おうとしたら心姫は迷惑だと感じてしまうかもしれない。
心姫としてもようやく俺の骨折が完治して病院に付き添ったり車で送迎をしなくてよくなり喜んでいるところに、俺が友達面で連絡を取ってきたら不快に思うだろう。
心姫に声をかけて迷惑だと思われてしまったら、
俺のメンタルは完全に終わってしまう。
とはいえ心姫との関係がこれで終わってしまうのも寂しいなと思ってはいるのだけど……。
今どれだけ考えたところで答えは出ないし、まずは明日から始まる久々の徒歩通学に備えて早く寝て体力を温存しなければ。
そう考えて電気を消してベッドに入った俺は、結局ベッドの中で心姫との関係についてあれこれ考えてしまい、それから一時間以上眠りにつくことはできなかった。
◆◇
翌朝目を覚ました俺は、登校するために服を着替えたり歯を磨いて準備をしていた。
車に轢かれて足を骨折してから完治するまでの一ヶ月半、俺は毎日新屋敷家の使用人、三木さんが運転する車で送迎をしてもらっていたので、徒歩での通学はかなり久しぶりのことだ。
学校までの距離はそれほど遠くはないので、徒歩通学になったからといってそこまで苦ではない。
一番苦なのは、心姫に会えなくなってしまうことである。
心姫と俺は違う高校に通っているので、学校で顔を合わせることも無いし、送迎がなくなってしまえば俺から誘うか、心姫から遊びに誘われない限りはもう心姫とは会えないのだ。
だからと言って俺から心姫を誘えるほど俺のメンタルは強く無いし……。
はぁ……。憂鬱だなぁ。
そんなことを考えながらいつも通り準備をした俺は、もう少し後で出発をしても学校には全然間に合うというのに、心姫にいつも迎えにきてもらっていた時間に家を出た。
その時間に家を出るのが癖になっていた--要するに心姫が俺の生活の一部になっていたのである。
俺にとって心姫はもうなくてはならない存在になってしまっていたんだな……。
そんな心姫と関わりを持てなくなってしまったら、俺は純花がいる学校での生活に耐えられるだろうか。
今のところは俺の先制パンチのおかげもあってか純花とは関わらずに済んでいるが、俺が心姫と関わらなくなり生気のない顔をしていたら、純花が俺に何かしら嫌がらせをしてくることだって考えられる。
何より俺が純花と同じ空間にいることに耐えられているのは心姫の存在があったからだ。
心姫と会えなくなってしまったら、最悪の場合不登校に追い込まれてしまうまであるかもしれない。
そう思いながら靴を履いた俺は玄関の扉を開き、マンションの階段を一階へと降りていく。
そして一階まで降りて行って俺は目を丸くした。
「おはようございます。瑛太さん」
俺が住んでいるマンションの前に、俺が骨折をしていた時と同じように心姫の家の真っ黒な車が停まっていたのだ。
状況を飲み込めていない俺は、思考停止しその場に立ち尽くしてしまう。
「……? 体調を崩されているのですか?」
「あっ、いや、そういうわけじゃなくて、もう骨折も完治したし今日から迎えとかはなくなるのかと思ってたから」
「--っ⁉︎ そっ、そうでしたね! 申し訳ありません厚かましい行動をとってしまって! ご迷惑であれば今すぐ私はこの場を立ち去りますので! 本当に申し訳ありません!」
「……ははっ」
「……えっ?」
俺は心姫が俺に向かって必死に謝る姿を見て、思わず笑いをこぼしていた。
俺の心配はどうやら杞憂だったようで、心姫は骨折が治ってからも俺と一緒に登校するつもりだったようだ。
俺も心の奥底では、心姫を遊びに誘っても不快には思われず断られないくらいには仲が良くなっているのではないかとは思っていた。
それなのに、再び傷つくのが怖くて、自分を守るように俺は心姫を誘わない方向へと話を持って行こうとしていた。
俺から心姫を誘わなければ心姫に会えることは無いが、心姫に誘いを断られて傷つくことはない。
そんな弱気な考えを持っていた俺だったが、どうやら一ヶ月半が経過し、その間ずっと一緒にいる心姫とは俺が思っている以上に仲を深められていたようだ。
「な、なんで笑うんですか⁉︎」
「いやっ。なんでもないよ。むしろこれからも厚かましく送迎をお願いしていいならよろしく頼む」
「先ほどの笑いが気になりますが……はいっ。まだ病み上がりで体調も万全ではないってことで、これからもよろしくお願いします」
そう言って笑顔を見せる心姫は、やはり俺にとっての癒しであり、天使であり、なくてはならない存在だ。
「あっ、あと今日骨折が治って初めての学校だと思うので、快気祝いということで学校が終わってから遊びに行きませんか?」
心姫からの誘いに、俺は先程まで散々悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。
結局もう心は間に合えないかもしれないという不安も、遊びに誘ったら断られるのではないかという不安も、全て心姫が消し去ってくれたからだ。
「……」
「あ、予定とかあったら全然断っていただいて大丈夫なので」
「いや、暇すぎて俺からも誘おうかと思ってたとこだ」
「じゃあ予定あけといてくださいねっ!」
少しずつ強固になっていた俺と心姫の関係は、車に轢かれて折れてしまっても治った骨のように、更に強固な物へと変化し、そして絶対に折れることが無いと思わせてくれるほどだった。
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