第15話

 心姫を助けて車に轢かれてから約一ヶ月が経過し、俺は経過観察のため病院へとやってきていた。


 病院に到着し受付をしようとした俺は、受付前にできていた行列に驚かされる。

 なんだよこれ……。受付するだけでも数十分はかかるんじゃないか?


 足を骨折してギプスを巻いている俺にとって、この行列に並ぶのは重労働をするようなものだし、できれば並びたくない。


 そんなことを考えていたのだが--。


「今受付してきました! 受付には時間がかかりましたけど、受付の人に訊いたら予約が取ってあるから診察まではそこまで待ち時間無いって言ってました」


 俺の代わりに受付をしてきてくれたのは、ついてくる必要も無いのに当然のように病院へついてきてくれた心姫だ。

 病院に到着して受付に行こうとすると、心姫が『私が受付してくるので瑛太さんは座っててください』と言ってくれた。


 ギプスを巻いており立っているだけでも体力を消費してしまう俺は、心姫の厚意に甘えて椅子に座り心姫が受付をしているのを待っていたのだ。


 病院への付き添いも、俺が心姫を助けたことに対する見返りとして約束してくれた身の回りのお世話に入るとは思う。

 しかし、そこまでやってもらうのは流石に迷惑をかけすぎなのではないだろうかと思ったので、心姫から付き添いますと言われた時は断った。


 だがそれで心姫が『そうですか、じゃあついて行くのやめておきます』と引くわけもなく、結局心姫は病院へついてきたというわけ。


「ならよかった。でも本当に付き添ってもらわなくてよかったのに。なんなら今から帰ってもらってもいいんだぞ?」


「ここまできて帰るわけないじゃないですか。少しでも瑛太さんが楽に検診を受けられるようお手伝いさせていただきます!」


 念の為帰ってもいいと言ってみたが、心姫は全くと言って良いほど帰るつもりがないようだ。


 いくら自分のせいで俺が怪我をしたからとはいえ、普通の人間ならここまで献身的に見回りのお世話なんてできないはず。

 きっと心姫はいいお嫁さんになるだろう。誰のかは知らないけど。


「心姫が俺の嫁になってくれたら良い人生が送れそうだな」


「えっ--」


「あっ……」


 ふと頭に浮かんだことを、一番悪い形で口に出してしまった。

 今の言い方では、俺が心姫に自分の嫁になってほしいと思っていると言っているようなもので、勘違いした心姫が驚いた反応を見せるのも無理はない。


「ちっ、違うぞ⁉︎ 俺はその、そういう意味で言ったわけではなくて、ただ今の献身的な姿を見てたら、心姫は絶対いいお嫁さんになるなって想像してただけで……」


「あ、は、はい。そうですよね。でもそんなことはないですよ。ポンコツな部分もたくさんありますし……」


「俺の知らないそんな部分もあるのかもしれないけど心姫にはそれを補って余りある優しさがあるからな」


「あ、ありがとうございます……」


 少しだけ微妙な空気になってはしまったが、俺たちは整形外科の前までやってきて椅子に座り、順番が呼ばれるのを待っていた。


「本当にすみません……。私がボーッとして横断歩道を渡っていなければこんな時間を取らせることもなかったのに……」


「もう謝るのはやめてくれ。十分すぎるくらい謝ってもらったし、こうして心姫と友達になれたんだから俺としては結果オーライなんだ。それこそ心姫がいなかったら今頃元カノに振られた悲しさで不登校になって廃人になってる可能性だってあるからな」


「そう言っていただけるのはありがたいですが……」


「だからとにかくもう謝るのはこれで終わりな。わかったか?」


「……はい。わかりました」


 心姫に言い聞かせるようにそんな話をしていると俺の番号が呼ばれ、俺は席を立って病室に向かおうとした。


「それじゃあ行ってくるから。ただの経過観察だしそんなに時間はかからないと思うけど」


「……え? 勿論私も一緒に診察室入りますけど」


「え、いや、そこまでしてもらう必要無いって。流石に診察室の中までくらいなら一人で行けるし」


「だめです。今日の私は瑛太さんの保護者も同然なんですから。一緒に入ります


「そ、そうか。まあいいけど」


 本当に一人でも問題ないのだが、番号を呼ばれたからには早く診察室の中に入らなければならないので、心姫にも診察室の中まで入ってきてもらうことにした。


「扉開けますね」


 心姫が診察室の扉を開けてくれたので、俺はありがとうと一言お礼を言って診察室へと入った。

 すると、看護師さんが扉の前に立っていて俺たちを案内してくれた。


「こちらの椅子にどうぞ。えーっと……彼女さんはこちらで」


「「えっ゛」」


 看護師さんのまさかの勘違い発言に俺たちは赤面してしまい、骨折した足の検診よりも、茹蛸のように真っ赤になってしまった顔の方を検診してもらった方では良いのではないかと思うほどだった。




 ◆◇




 病院からの帰り道、俺は新屋敷家の使用人である三木さんが運転している車の後部座席に心姫と並んで乗っていた。


「本当にすいませんっ! 私がでしゃばった真似をしたので瑛太さんが恥ずかしい思いをすることになってしまいまして……」


「いや、確かに突然だったから恥ずかしかったけど、別に恥ずかしがるようなことじゃないし気にしてないよ」


「いや、もっと綺麗で魅力的な女性を彼女と間違われるならまだしも、私みたいなちんちくりんを彼女だと勘違いされて気を悪くされたのでは無いかと思いまして……」


 実際看護師さんにカップルと間違われたのは本当に恥ずかしかったが、心姫が本当に彼女であればどこに出しても恥ずかしくない、なんなら自慢したくなるほど完璧な彼女なので、心姫が彼女であることが恥ずかしいなんてことは絶対に無い。


「さっきも言ってたけどな、心姫が奥さんだったら幸せだろうなって思うくらいには俺は心姫に魅力があると思ってるから。突然心姫を彼女だと勘違いされたのは普通に恥ずかしかったけど、心姫は魅力的だ」


「あっ、えっと、その、ありがとうございます……」


「まあちんちくりんは否定しないけど」


「そこは一番否定してくださいよ⁉︎」


 こんな風に冗談を言い合えるくらいには俺と心姫の関係は深まってきている。


 それに何より心姫と一緒にいるときは自分が自分のままでいられる。

 純花の時は自分に自信がなくて、純花と一緒にいると純花に迷惑をかけるのではないかなんて思っていたのだが……。


 来てくれとも言っていない、それどころか迷惑がかかるから来なくてもいいと言っているのに病院に付き添ってくれて、俺が大変な思いをしないように動いてくれている献身的な姿を見て思った。


 俺はもしかしたら心姫のことが好きなのかもしれない。

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