第3章(最終章)
第40話
心姫の実家にお呼ばれしてから一ヶ月が経過し十一月に突入したが、依然として純花が広めたあらぬ噂を信じている生徒は半数程度いて、俺は学校で冷たい視線を向けられている。
それでも俺が落ち込むことなく不登校にならずに済んでいるのは、心姫という心強い存在がそばにいてくれるからだ。
そして今日も学校へ行き俺に向けられる冷たい視線を気にすることなく帰宅してきた俺は、自分の部屋の中にある小さな箱と睨めっこしていた。
武嗣さんにお呼ばれしたあの日、武嗣さんと一緒にご飯を食べたり、千景さんに挨拶をしたりと緊張する場面が多く疲労が溜まりはしたが、心姫の家族との距離も近づき、心姫との距離は更に近づいたような気がしている。
それもあって、俺は今俺の目の前に置かれているこの小さな箱の中身を、心姫に渡してしまってもいいのではないかと考えていた。
この婚約指輪は武嗣さんが千景さんに渡した大切な指輪で、俺のような小僧がいつまでも決心しきれず自分の手元に置いておいていいものではない。
俺が長期間手元に保管していれば、心姫からも武嗣さんと千景さんからも不信感を抱かれるだろう。
ラブコメなんかではよく主人公とヒロインが、自分の気持ちに気付いていながら気持ちを伝えて関係が崩れてしまうことを恐れ、気持ちを伝えられずに付き合ってもいないのにいつまでも経ってもイチャイチャして関係が進展しない、なんて展開がよくあるが、俺と心姫の関係をそんな展開にしてしまうわけには行かない。
だから俺は決めた。
明日心姫に婚約指輪を渡し、俺の気持ちを心姫に伝えると。
勿論大切な婚約指輪を早く心姫に渡さなければという焦りだけで婚約指輪を心姫に渡すと決めたわけではない。
ただ本当に俺の気持ちが完全に純花から心姫へと移り、心姫のことが大好きになってしまったと自覚したからこそ、婚約指輪を渡して想いを伝えると決めたのだ。
まあプロポーズをするってわけではないけどな。
婚約指輪を渡すとなれば一般的にそれはプロポーズになるが、今回の場合はただの告白である。
もちろん結婚を前提としてお付き合いしたいた思っているが、高校生のカップルが付き合い続けてそのまま結婚まで行くことがほぼないことくらいは流石の俺も理解している。
それに心姫も急にプロポーズされたら焦るだろうし、引いてしまう可能性もあるので、婚約指輪を渡すだけ渡しはするが、求婚するわけではなく俺とお付き合いをしてほしいと、そう伝えるだけだ。
まあそれでも俺としては結婚するつもりで告白するんだけどな。
俺が婚約指輪を渡してもいいのではないかと考え始めるきっかけとなったのは、心姫が俺の誕生日を祝ってくれたことだった。
俺の誕生日なんてわざわざ把握しておかなくたってなんの問題も無いし、仮に誰かから聞いてしまったとしても、聞いていないフリをしておけばわざわざ誕生日を祝うという面倒臭いことはしなかったとしても何事もなく終わっていく。
それなのに、心姫は武嗣さんにお願いまでして俺を呼び出し、サプライズで俺にお祝いの言葉をかけてくれるだけではなく、お揃いのプレゼントまで用意してくれていた。
そこまでされれば心姫への好感度が更に上がるのは当然だ。
心姫に婚約指輪を渡すのは俺自身のためであるのはもちろんのこと、武嗣さんと千景さんを安心させるためでもある。
まあ武嗣さんと千景さんを安心させるためには、まず心姫から俺の告白に対してオッケーをもらわないといけないんだけどな。
そう考えるとかなりハードルは高いが、恐らくは武嗣さんからも気に入ってもらえているだろうし、千景さんにも挨拶をさせてもらったし、心姫の俺に対する好感度は低くはないはず。
もう完全に覚悟は決まった。
俺は必ず明日心姫に婚約指輪を渡して心姫に対する想いを伝える。
そう決心して、ずっと睨めっこしていた婚約指輪の入った小さな箱を手に取り、スクールバッグの中に入れ、そうしてベッドに寝転がり明日が来るのを待った。
◇◆
「俺と別れてくれ」
「……へ?」
私、芳野純花は高宮先輩と付き合い出してから半年が経過した今日、高宮先輩と二人でやってきたファミレスで、突然別れを告げられた。
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