閑話

第39話

 心姫は小さな頃から引っ込み思案で、誰と顔を合わせても必ず母親である私の後ろに隠れて様子を伺うような子どもだった。


 人と話すのが好きな私と、自分なりの会話術で会社の売上を伸ばしてきた武嗣さんの子供とは到底思えないような引っ込み思案な性格の心姫の姿を見て、多少心配ではあったが成長するに連れて少しずつ引っ込み思案な部分も改善され、ある程度人と話せるようにはなるだろうなんて楽観的に考えていた。


 しかし、いつまでたっても心姫の引っ込み思案な性格が改善される兆しはなく、私たちに対してはとても明るい性格で素敵な表情を見せてくれるというのに、家族以外の人間に会うと上手く会話ができない性格のまま成長してしまった。


 中学生に上がる頃には少しずつ会話ができるようにはなってきていたけど、それでもまだまだ普通の人と比べると会話をするのが苦手で、このまま行くと友達ができないだけではなく、いじめられたりしてしまうのではないだろうかなんて、そんな不安を抱えていた。


 とはいえこの問題は本人の問題な部分が大きく、変に心姫が社交的になるようにと対策をすれば、余計に拗れて手がつけられなくなってしまうかも知れない。

 そう考えていた私はこの問題を解決できないにしろできればずっと心姫と一緒にいてあげたかった。


 しかし、少しずつ私を病魔が蝕んでいき、心姫に寄り添って心姫の話を長い時間聞いてあげることはできなかった。


 私が死ぬ間際、心姫は私に「友達がいっぱいいて学校は楽しいよ」なんて泣きながら言ってくれたけど、あれが本当の話ではないことくらい母親の私にはすぐ理解できる。

 娘にそんな嘘をつかせてしまった自分が不甲斐なくて情けなくて、死んでしまえと思ったが死んでしまうことはもう決まっていた。


 そしてそのまま息を引き取った私だったが、心姫が流した涙を見てまだ死にたくないと強く思ったことが功を奏したのか、私は霊体としてこの世に残り、心姫の生活を見守ることができている。


 とはいえ、現実世界に干渉することはできず心姫がいじめられていても私はただ見守ることしかできなかった。


 娘の現状を知りながら何も手を出すことができない状況をもどかしく感じ、なんとかできないものかと考えていたところに現れたのが心姫と同い年の男の子、矢歌瑛太君だったのだ。


 心姫が車に轢かれそうになったとき、私はもう目を瞑ることしかできなかったのだが、私に変わって心姫を助けてくれたのが瑛太君だった。


 瑛太君が轢かれて怪我をした時だけ、なぜか私は瑛太君に干渉することができて、瑛太君の体を少しだけ回復させてあげることができたのだが、それでも足の骨折までは治すことができず、娘のために怪我をしてしまった瑛太君には本当に申し訳ないし頭が上がらない。


 その後も、私は二人の姿をずっと見守ってきた。


 瑛太君と出会ってからの心姫はいじめられてなくしていた元気を取り戻し、瑛太君に対してはいつもの引っ込み思案が発動することともなく、瑛太君の友達に会ったりしても自然と会話ができており、引っ込み思案な部分も克服してきた。

 瑛太君のおかげで心姫本人の力ではどうすることもできなかったいじめも完全になくなった。 


 そんな瑛太君がこうして私のもとに挨拶に来てくれて、私は成仏してしまいそうだった。

 もちろん瑛太君が私に向けて言ってくれた言葉も私の耳にしっかりと届いている。


 心姫はこれまで辛い人生を送ってきており、心姫を産んでよかったのか、心姫は産まれてきて幸せだったのだろうか、そのうち心姫から「産んでなんてたのんでない」なんて言われてもおかしくないのではないだろうかと思っていた。

 そんな私に、「心姫を産んでくれてありがとうございます」という言葉をかけてくる瑛太君、もはや卑怯なレベルである。


 そんな言葉をその場にいるかどうかもわからない私に向けてかけてくれるこの子は、本当に優しい子なのだろう。

 瑛太君のような子が心姫の横にいてくれれば安心して成仏できる。


 ……でもまだ成仏しなくていいよね?


 これまで散々心配をさせられてきた私の大切な娘が、この先この男の子とどのような関係を築いて、どんな人生を歩んでいくのかを見届けるくらいなら天罰はくだらないはずだ。

 まあ天罰がくだるも何も、もう死んでいるのだから今更怖くないけど。


 二人には覗き見をしているようで少し申し訳なさもあるけど、もう少しだけこの二人の人生を見守らせてもらうとしよう。

 少しだけ、と言ってもしかしたらずっと見守っているのかもしれないけど……。

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