第42話

「うう……少しずつ寒くなって来ましたね」


 十一月に入り、季節は本格的に冬へと移り変わり始め、俺の横にいる心姫は肌寒そうに体を小さくしている。


 気温が下がったこともあってか、いつどこにいくにしても俺たちを後ろに乗せて運転をしてくれていた三木さんが風邪をひいてしまったらしく、俺たちは三木さんに送ってもらって行く予定だったカレーが有名なカフェを目指し、川沿いの道を二人並んでゆっくり歩いていた。


 最近は三木さんに送迎してもらえることを当たり前に感じていたが、いなくなってみると三木さんに送迎してもらっているありがたみを感じるな。


「もう十一月も半分くらい終わったしな。まだまだ寒くなると思うと先が思いやられるわ」


「本当ですね……。冬なんてなくなればいいのに……」


 そう言いながら心姫は両手に息を吐く。


「寒いの苦手なのか?」


「はい……。暑いのを耐えるのは得意なんですけど、寒いのはどうにも我慢できなくて……」


 女子ってのは男子より筋肉が少ないので、寒さを感じやすいものなのだろうか。

 まあ俺も男子とはいえ、筋肉なんてほとんど無いんだけど。


「ほら、これ」


「えっ--」


 そう言って俺は自分が制服の上から着ていた上着を心姫の肩にかけた。

 俺はどちらかと言えば暑がりで、まだこの程度の寒さであれば苦にする程の寒さでは無いので、俺が来ているよりも心姫が着た方がいいだろうと、心姫の肩に服をかけた。


「い、いいんですか? 私が着たら瑛太さんが寒くなっちゃうんじゃ……」


 かなりの寒さを感じているはずなのに、心姫は俺のことを気遣ってくれる。

 相変わらずの優しさだが、もしかしたら心姫は俺が着ていた上着をかけられるのが嫌だったのではないだろうか。


 好きな男子から上着をかけられれば嬉しいかもしれないが、好きでもない男子から上着をかけられれば気持ち悪いと思う女子は多いはず。


 それに気づいた俺は心姫に確認した。


「いや、俺は全然寒く無いから大丈夫。てかむしろごめん、人の服着たりするのとか嫌じゃなかったか?」 


「そんなそんな! かなり寒かったので嬉しいに決まってます。瑛太さんの暖かさがまだ残っててすごく暖かいです」


 鼻先を赤くしながらそんなことを言う心姫はあまりにも可愛すぎて、俺は思わず目を逸らす。

 そしてあまりにも可愛すぎる心姫を見た俺は、できるだけ考えないようにしていたというのに、昨日決心したことについて考えてしまった。


 俺のスクールバッグの中には心姫から渡された婚約指輪が入っている。


 俺は今日カフェからの帰り道に、結婚指輪を渡して自分の思いを伝えるつもりなのだ。


 一ヶ月前に心姫の実家に行った時からずっと想いを伝えようかどうか考えており、ついに心姫に婚約指輪を渡して思いを伝えようと決心したが、あまりにも意識しすぎると伝えることが難しくなってしまいそうなので、できるだけ考えないようにしていたのだ。


 ……俺、こんな可愛い子に告白しようとしているのか。


 心姫が俺と付き合ってくれるなんてことがあり得るのだろうか。

 もしあり得ないのだとするなるば、告白して振られてしまえば俺と心姫の関係は終わりを迎えてしまう可能性もあるので、やはり告白しない方がいいのでは……。


 ……はぁ。こんなことを考えてしまうからできるだけ意識しないようにしていたのに。

 それなのに心姫の奴め、可愛すぎるんだよこのやろうが!


 てか俺のぬくもりに心姫が包まれてるって考えるとなんか妙な背徳感があるな。


「ならよかった」


「そういうことが恩着せがましくなく普通にできちゃうところが瑛太さんらしいですね」


「そうか? 寒がってる人に上着をかけてあげるなんて俺じゃなくても誰にでもできそうだけどな」


「いえいえ。誰にでもできることじゃないですよ。瑛太さんが車に轢かれそうだった私を助けたのは、やっぱり自暴自棄になっていたからではないんでしょうね」


 心姫はそう言ってくれているが、それは買い被りすぎだ。

 俺はあの時本当に自暴自棄になっていたから心姫を助けただけで、純花に振られていなかったとしたら同じ場面が来ても心姫を助けなかったかもしれない。


 それに俺はもう骨折する痛さを知ってしまったので、同じ場面がやってきても助けに行かないような気がする。


 とにかくそれだけ俺のことを信用してくれているのはありがたいことなので、今後も心姫からの信用を失わないように頑張るとしよう。


 まっ、信頼を失う前に今日この関係自体が失われてしまうかもしれないんだけど……。


「……いや、そんなことないと思うけどな」


「私はそう思ってますよ」


 そう言いながら心姫は優しく微笑む。


「ありがとう。そう思ってくれてるのは嬉しいよ」


「えっ、瑛太?」


 心姫と会話をしている俺の耳に突然聞こえてきた聞き馴染みのある声。

 その声の主が誰であるかはすぐにわかったが、頼むから別の人物であってくれと願いながら俺は声のした方向へと視線を向けた。


「--純花⁉︎」


 そこにたっていたのは、俺の元カノで、他の男が好きになったからと俺を振り、俺が学校の中で不当な扱いを受ける元凶となっている芳野純花だった。

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