第33話
始業式を終えて帰宅した私は、瑛太さんが待っているカフェに向かうために身なりを整えていた。
そうは言っても瑛太さんが制服なのに私が私服なのはおかしいような気がしたので、私服に着替えることはせず、髪型やメイクなどを整えるだけなんだけど。
ただ瑛太さんに会うというだけの予定なのに、髪の毛一本でも跳ねさせてなるものかと気合が入るのは、女の子の性とでも言っておこう。
夏休み明け初日の今日、瑛太さんを学校に送り届けた私は瑛太さんが無事に学校生活を送れているか心配で仕方がなかった。
あまりにも心配だったので瑛太さんに『今日はどうでしたか?』とラインを送ると、『問題なかったよ』と返信が来たのでホッと胸を撫で下ろした。
私も長年いじめられているいじめられベテランなので、瑛太さんの気持ちは痛いほどわかる。
だからこそとにかく瑛太さんが心配だったのだが、初日を問題なく過ごすことができて本当に良かった。
いじめられている人間はいじめられていることを周囲に知られて心配をかけないように、外見上はなんともないよう振る舞ってしまうのだが、今朝の瑛太さんは顔に生気があったし、きっと本当に問題なかったのだろう。
瑛太さんに会ったら今日学校であった話を訊いてみようと考えながら家を出た私は、カフェに向かって歩みを進めた。
そしてカフェまで歩いて後一分程の距離に差し掛かったところで、後方から突然声をかけられた。
「あっれー、心姫ちゃんじゃん。何やってるの?」
そう私に声をかけてきたのは、先頭に立って私のいじめを煽動しているクラスメイト、
そして葉桐さんの両横には葉桐さんと一緒になって私をいじめてきている
と、
プライベートで、それも瑛太さんに会う前に一番会いたくない人に会ってしまったと私は頭を抱えた。
葉桐さんたちが私に声をかけてきた理由は私への声の掛け方でわかる。
葉桐さんは今から学校で私にしているのと同じように、私にいじめをしようとしているのだ。
普段の学校であれば直接的に暴力をふるってくることは無いので、教科書を破かれようが水をかけられようが気にしていない。
しかし今は瑛太さんとの待ち合わせの時間に遅れないためにこんな人たちの相手をしている暇は無い。
そう考えた私は普段の学校とは違い、その場から無理やり立ち去ろうとした。
「……もうしわけありません。先を急ぐので」
「へぇ、なんか用事でもあんの?」
「……買い物です」
正直に男の人とカフェに行くと言ってしまえば今後何をされるかわかったものではないので、私は嘘の用事を伝えながら葉桐さんたちに捕まらないよう早歩きでこの場を立ち去ろうとした。
しかし、私は成海さんと安栖に腕を掴まれ、その場から動けなくなってしまう。
「えーそんな寂しいこと言わずにさぁ。私たちと遊ぼうよ」
「あなたたちと遊んでいる暇はありません。手を離したください」
身だしなみを整えるのに時間を使ってしまったし、早く行かなければ瑛太さんとの約束に遅刻してしまうと思った私は、成海さんと安栖さんの手を振り解き、再び立ち去ろうとした。
しかし再び私の腕は成海さんと安栖さんの手によって再び捕まえられた。
「莉緒がそう言ってるんだから。無理やり手を振り解くのはひどいんじゃない?」
「そうだよ! 莉緒が可哀想じゃん!」
成海さんと安栖さんはいつもこうして葉桐さんと協力してわたしをいじめてくるのでかなり厄介だ。
それでも今は瑛太さんとの予定に遅れるわけには行かないと、歩みを進めようとする。
「すみません。私予定があるので」
「……二人とも、そいつこっち連れてきて」
「えっ、ちょっと、どこ行くんですか⁉︎ やめてください!」
私は成海さんと安栖さんの二人に引っ張られ、なすすべなくカフェとは反対方向に連れ去られてしまった。
◇◆
すでに瑛太さんとの待ち時間は過ぎており早くカフェに向かいたいところだが、私は人目のつかない路地裏へと連れてこられた。
「はなしください! 待たせてる人がいるんです!」
「そんなはなしてほしいならさ、金置いてけよ」
「……お金?」
「私たち今からみんなでプリ撮ったりスイーツ食べたりしないといけないからさ、ちょっとお金足りないんだよね」
「なっ--」
葉桐さんの言葉に私は耳を疑った。
これまで靴を隠されたり、教科書をビリビリに引き裂かれることはあったが、今回のように直接カツアゲのような形をとられたのは初めてなのだ。
「お前んち、金持ちなんだろ? なら良いじゃんかちょっとくらいよぉ」
「私の家はそうかもしれませんが、私自身は大金を所持しているわけではありません。それにどれだけ小さな金額であっても絶対にお金を渡すことはできません」
「……はぁ。なんでそう立ち向かって来るかなぁ。そろそろ私も限界なんだよ。お前の顔を見るだけでイライラが止まらないんだ」
いじめられている私も四年以上いじめられ続けてフラストレーションが溜まってきているが、いじめている側もこれまでのいじめの内容だけでは物足りなくなってきたのだろう。
しかし、そんな人たちに負けて不登校になったり、心を折られたりすることは絶対にない。
昔の私のままなら心も折れてしまっていたかもしれないが、今の私には瑛太さんがいる。
「絶対に渡しません。そんなにお金が欲しいのならふらふらと遊んでいないでアルバイトでもされてはいかがでしょうか」
「--っ。よし、お前ら、しっかり腕握っとけよ」
そう言うと葉桐さんは私が肩にかけていたカバンを無理やり奪い取った。
「じゃあこのカバンごともらって行くねー」
「やっ、やめてください!」
二人から腕を掴まれている私は抵抗できるはずもなく、あっさりカバンを奪い取られた。
「やめてくださいも何ももうこのカバンもカバンの中身の物も全部ウチらの物だから。いつまでも生意気言ってるんじゃねぇぞ。私が今ここでお前のスカートをめくればいくら路地裏とはいえ大通りの通行人からはおまえの可愛らしい下着が丸見えになるだろうな」
「やっやめてっ!」
私の態度が気に入らなかった葉桐さんは私のスカートに手をかける。
必死に抵抗をしようとするが、二人からがっちりと腕を掴まれているので抵抗することはできない。
「それじゃあ、ご開帳ー」
「おい! お前ら何やってんだ!」
葉桐さんがスカートをめくり上げようとしたその時、安心感を覚える声が聞こえてきて、葉桐さんの手は止まった。
「……あ゛? 誰だお前」
「俺は心姫の彼氏だ」
私を助けにきてくれたのは他でもない、瑛太さんだったのだ。
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