第34話

 集合時間を過ぎて十分が経過しても、心姫が集合場所へやってこないことに俺は違和感を感じていた。


 普通の人なら十分程度の遅刻は往々にしてあるもので、至って正常なことかもしれない。

 しかし、心姫の場合は十分の遅刻であってもかなりの異常となる。


 心姫は集合時間に遅れるような性格ではないし、遅れるにしても必ず連絡を入れてくるはず。

 それなのに一切連絡が無く、集合時間を過ぎても集合場所へとやってこないのは異常としか考えられず、何かしら問題が発生している可能性は高い。


 心姫に何かあったのではないかといてもたってもいられなくなった俺は、集合場所であるカフェを飛び出して心姫の姿を探し始めた。


 心姫の住むマンションはカフェから出ればすぐ目に入る距離にある。

 それだけの短距離で何か異常が発生してしまったとは考えづらいが、何かあったとなればマンションからこのカフェに来るまでの間だ。


 心姫はボーッとしていて車に轢かれそうになったことがあるくらいなので、また同じことが起きていることも……。

 そんな考えが頭をよぎりながらも、これ以上悪い想像をしている暇があったら早く心姫を探せと自分に言い聞かせて俺は必死に心姫の姿を探した。


 すると、予想よりもかなり早く心姫の姿を見つけることができた。

 心姫を見つけたのは、カフェからほど近い場所だが、人目に付きづらい路地裏だ。


 心姫は三人の女子に囲まれており、二人の女子に腕を掴まれて身動きが取れない状態で、その状況だけ見ればあの三人が学校で心姫をいじめている生徒だということはすぐに察しがついた。

 そして俺は迷うことなく心姫の元へと駆け寄った。


「おい! お前ら何やってんだ!」


 俺が声をかけると、心姫を取り囲んでいた女子たちがピタッと動きを止めて俺の方へと視線を向けた。


「……あ゛? 誰だお前」


 誰だと聞かれた俺は素直に心姫の友達だと答えようと考えた。

 しかしそれでは頼りなさすぎるし、ただの友達が何の用だと言われてしまう可能性もあるので、俺は自分が心姫の彼氏であると嘘をついた。


「俺は心姫の彼氏だ」


「アンタみたいな弱そうなやつがこいつの彼氏? 誰にでもわかるあからさまな嘘つくのやめてくれる? 気分悪いんだけど」


 相手は女子で俺は一応男子なのに全く怯む様子のないこの感じ、こいつら完全にいじめをやりなれてるな。

 いくら相手が俺のような冴えない男でも、男が相手なら多少怯むかと思ったんだが……。


「気分悪いも何も俺は本当に心姫の彼氏だ。心姫に何かするなら容赦しないぞ」


 容赦しないとは言っても勿論暴力を振るったりするつもりはない。

 威嚇することで心姫を取り囲む女子たちが引いて言ってはくれないだろうかと、大袈裟に言って見せたのだ。


「……へぇ。いいんだ。そんなこと言って。こいつの彼氏に暴力振るわれたっていえばこいつの学校での立場、どうなるかわかる? ただでさえ私たちに屈してスクールカースト最下層にいるってのに」


 俺の威嚇に怯むどころか立ち向かおうとしてきたので、俺は暴力ではなく言葉でいじめっ子女子と戦うことにした。


「どこが屈してるんだ? 屈してないだろ」


「は? 何言ってんのお前」


「だってもういじめが始まってから四年も経ってるのに不登校にもなってないんだろ? 何も負けてねえじゃねぇか」


「負けてないってのはな、ちゃんと反抗してくる奴のことだよ。こいつは反抗もせずずっといじめられてるんだ。私たちの負けなはずがないだろ」


「でも今俺を見た時、お前がこいつの彼氏なわけないっていったよな? それって心姫が超絶美少女でなんでも熟す完璧超人だって認めてるってことだろ?」


「なっ、そういうわけじゃ……」


「まあ実際超可愛いからな。気持ちはわかるぞ」


「だから違うって」


「俺から見たらお前らより心姫の方が心も体もよっぱど可愛く見える--」


 刹那、乾いた音が路地裏に鳴り響く。


 いじめの主犯格と思われる女子の平手が俺の頬を打ち抜いたのだ。

 その時の俺はやけに冷静で、突然頬を叩かれた痛みよりも、やはり女子は平手打ちなのだという部分に感心していた。


 普通男子同士なら絶対グーで行くからな。平手で頬を叩くのは女子特有の性質である。


「いい加減にしろよてめぇ。調子乗ってんじゃねぇぞ」


 いじめっ子女子は俺の頬を平手打ちしてから低い声で俺を威嚇してくるが、手を出した時点でいじめっ子女子の負けは決まったも同然。


「この真っ赤に染まった頬見せたらどっちが悪いってなるだろうな」


「……クソが。行くぞお前ら」


「おっ、おう……」


 一発手を出してしまったことで完全に自分達の立場を悪くしてしまったいじめっ子女子たちは、その場から去っていった。

 よかった……。思ったよりすんなりと引いてくれて。


「瑛太さん! 大丈夫ですか⁉︎」


「ああ。全然大丈夫--」


 心姫を心配させないように多少痛さはあるものの大丈夫だと言おうとした俺の頬を、急いで俺の目の前にやってきた心姫の手が優しく撫でた。


 心配してくれるのは嬉しいが、あまりにも距離が近すぎる。

 心姫の手が俺の頬に触れた瞬間痛みが和らいだような気がしたが、それが患部を優しく撫でられたからなのか、心姫の顔が近すぎて胸の鼓動が早くなり痛みから気がそれたからなのかは定かではない。


「ああ……。こんなに赤くなって……」


「赤いかもしれないけど平手打ちされただけだし全然痛くないよ。思いっきり蹴りとか入れられたたら流石に痛かっただろうけど」


「いや、平手打ちでも十分痛いですよ……。ごめんなさい。私のせいで瑛太さんをこんな目に合わせてしまって……」


「いや、気にしないでくれ。俺がしたくてしたことだし」


「……もしかして瑛太さん、平手打ちされるようにわざと煽ってたんじゃないですか?」


「ああ。手を出されたって証拠ができればこっちが有利になるだろ」


「なるほど……。流石です。でも私のために無理をするのはやめてください。車に轢かれた時もそうですが、いつか瑛太さんが取り返しのつかないことになりそうなので……」


「そうだな。心配はかけない方がいいしな」


「はい。助けてもらえるのは嬉しいですけど、無茶なことはしないでください」


 俺が車に轢かれた時は母さんに心配をかけたが、今回は心姫に心配をかけてしまったので、できるだけ心配をかけないように行動をしなければならない。

 そう思いながらも、心姫が困っている場面を見たらきっと今後も後先考えずに飛び出してしまうだろうなと思った。


「てか俺からもごめん。多分余計なことしたよな俺。俺が余計なことしたせいで明日から心姫に対する当たりが強くなる可能性大だろこれ」


「それはまあ……なんとかなります」


 心姫がいじめっ子女子に囲まれている場面を見てすぐに飛び出したのは最善策ではなかっただろう。

 ある程度状況を把握し、作戦を考えてからでなければ、こうして結果的に心姫に迷惑をかけることになりかねない。


「本当にごめん」


「気にしてないから安心してください。カッコよかったですよ」


「べっ、別に俺は自分のしたいように動いただけだから」


「それが一番カッコいいじゃないですか」


「そ、そうか?」


「とにかく早くカフェ行きましょうか。私、喉が乾いちゃいました」


「ああ、そうだな」


 明日心姫が学校で何をされるか不安で仕方がないが、今はどうすることもできないしなと腹を括って、俺は心姫とカフェに向かった。

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