第37話
晩御飯を食べ終わった俺は心姫の部屋へと案内され、その後すぐに心姫は「おやつ持ってきますね」と言って部屋を出て行った。
そして心姫が部屋から出て行った瞬間、気が抜けた俺は大きく息を吐いた。
「はぁーーーーーーーーっ……。どんな顔して心姫と一緒の空間にいれば良いんだよ……」
心姫に俺が何を考えているのか勘付かれてしまわないようできるだけ他ごとを考えるようにしていたのだが、どうしても武嗣さんから聞いてしまった話が頭から離れない。
武嗣さんの話が本当なのだとすれば、心姫は俺にお守り代わりで婚約指輪を渡してきただけでなく、俺に対して好意があっていつか俺からプロポーズされたいと思って婚約指輪を渡してきたということになる。
そんな話を聞いてしまえばまともに心姫の顔を見れるはずがない。
だってそれって親友とか恋人とかそんな関係を通り越して俺と結婚したいってことだろ?
そんなのもう嬉しすぎて無理だろ……。
だってあの心姫だぞ? 一目見れば誰でも一瞬で恋に落ちてしまうような可愛さと、車に轢かれた俺を献身的に看病してくれたり、学校で不当な扱いを受けている俺に寄り添ってくれる優しさを持ち合わせた心姫だぞ?
そんな子が俺に好意を持っていて、プロポーズされたいと思っているなんて……。
色々な考えが頭の中を駆け巡り、混乱した俺が頭を抱えたタイミングで心姫がおやつを手に部屋へ戻ってきた。
「……えっ、どうかされました? 大丈夫ですか?」
頭を抱えている俺の姿を見た心姫はそう質問してくるが、婚約指輪の件で悩んでいるとは言えるはずもない。
てか心姫のことで悩まされてるんですが? それなのに当の本人は目を丸くしてキョトンとしてそんな可愛い表情を見せてくるなんて反則なんですが?
「あっ、いや、なんでもない。大丈夫」
「……なら良いのですが。あの、これ、受け取ってください」
「……これは?」
そう言って心姫が渡してきたのは、おやつではなくリボンが巻かれた小さな小袋だった。
「開けてみてください」
何が何だかわからないまま言われた通り俺はその小袋を開け、中身を取り出した。
すると小袋の中から出てきたのは、カラフルな色合いをしたストライプ柄のうさぎが付いたキーリングだった。
「なんでこれを俺に?」
「花穏さんから今日が瑛太さんの誕生日だと聞いたので、何かプレゼントをと思いまして」
……そうか、今日は俺の誕生日だったな。
武嗣さんにお呼ばれしたことによる緊張や、心姫のいじめが解決したこと、そして未だに続く学校での俺に対する不当な扱い等、ここ最近目まぐるしく状況が変化していたたため、今日が自分の誕生日であることが頭の中からすっかり抜け落ちていた。
「そういえばそうだったな。……あ、じゃあ今日のご飯も」
「はい。もちろん私を助けてくれたお礼もありますけど、瑛太さんの誕生日祝いって意味も含まれてます。あと……」
「……あと?」
「以前瑛太さんから純花さんの話を聞いた時、誕生日にはお互い祝い合っていたって言ってたじゃないですか。なので私からも瑛太さんに誕生日プレゼントを渡して、純花さんの記憶を私との新しい記憶で塗り替えてもらおうと思いまして」
心姫はわざわざ俺の誕生日を把握していてくれただけでなく、こうして豪勢なご飯と可愛いプレゼントでお祝いしてくれて、更には俺が以前『純花のことを心の底から恨めない』と話したときのことを覚えていてくれて、俺の心の中から純花の悪しき記憶を消し去ろうとしてくれたようだ。
心姫が優しいのは知っているが、どうやって教育されればこれほどまでに自分以外の人間のことを考え、優しくすることができるのだろう。
「……そんなことまで覚えててくれたのか」
「もちろんです。それで、あの、お気に触らなければいいのですけど、私も瑛太さんと同じものを買ってまして……」
そう言いながら心姫は俺にくれた物と同じキーリングをポケットから取り出さした。
「え、同じ物を?」
「はい。私たち、通っている学校が違うので一緒にいられる時間が短いじゃないですか。なのでこうしてお揃いのキーリングを持っていれば心強いんじゃないかと思いまして」
俺に渡してくれたキーリングのデザインが気に入ったからとかではなく、あくまで俺のために、俺を支えるためにお揃いのキーリングを準備してくれたのか。
心姫の優しさはいつも俺の想像を超えていく。
「あ、あのっ、ご迷惑でしたか?」
「いや、嬉しすぎて言葉を失ってただけだ。……本当にありがとう。嬉しい」
そうお礼を言った途端、俺の頬を涙が伝った。
「あれっ、また涙が……ごめん、急にっ」
そう言って俺は流れ出る涙を拭く。
心姫に涙を見られるのは恥ずかしいのでできれば涙を流したくはないのに、やはり心姫の前では涙腺が緩む。
もし心姫と結婚なんてしようものならどれだけ涙を流すところを見られてしまうだろうか。
「ふふっ。気にしないでください。悲しんで泣く瑛太さんは見たくないですけど、喜んで泣く瑛太さんを見るのは私も嬉しいので」
そう言って優しく微笑む心姫を見た俺は確信した。
俺の中から完全に純花が消え去り、その穴を心姫が埋めてくれていることを。
……いや、純花が消え去った穴を埋めているだけでは足りないな。
心姫は間違いなく以前俺が純花と付き合っていた時の純花の存在よりも、遥かに大きな存在となっている。
「なら毎日泣いてやろうか?」
「ふふっ。大歓迎ですよ」
優しい心姫だけでなく、したり顔を見せる心姫も可愛い。
俺は外見とか、優しさとか、それだけでなく心姫の全てが好きになってしまった。
「……あの、大したプレゼントも渡せてないので、私、瑛太さんのいうことを一つだけなんでもきいてあげます」
「えっ、そこまでしてもらわなくても」
「私が瑛太さんに何かご褒美をあげたいんです。だから遠慮なくなんでもおっしゃってください」
「ご褒美か……。それなら……」
そう言って一瞬でも以前の車内での頬へのキスを想像した俺の頬をグーでぶん殴ってやりたい。
そんな邪なお願いではなく、俺は心姫にひとつだけ、お願いをした。
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