第54話
今日が終われば明日から冬休みに入るという今日、私は学校の窓から外を眺めながら、川に放り投げられなくなってしまった指輪のことを考えていた。
指輪を純花さんに川に投げ捨てられた時は指輪の心配よりも瑛太さんのことが心配で、指輪がなくなってしまったとしても瑛太さんが無事だったらそれでいいと思っていた。
しかし、時間が経つに連れて指輪がなくなったことを実感し始め、ジワジワとダメージを受け始めている。
お母さんが亡くなったのは二年前の話なので、指輪以外にも形見はたくさんある。
それでもあの指輪はお母さんが一番大切にしていたもので、お母さんとお父さんの思い出が込められたもので、あの指輪に代えられるものはない。
そんな大切なものを失ってしまったという実感が少しずつ湧いてきた私は、心の中にポカンと穴が空いてしまったような感覚になってしまっている。
今も真面目に授業を聞かなければならないのに、先生の話が全く頭に入ってこないし……。
もうあの指輪は絶対に戻ってこない。
瑛太さんは川に入って指輪を探したせいで風邪をひいてしまったので、もう絶対に川に入って指輪を探すことはないだろう。
仮に探してくれたのだとしても、あんなに小さい指輪が見つかるはずはない。
指輪を無くしてしまいお母様とお父様には申し訳なさを感じるし、瑛太さんに対しても申し訳なさを感じてしまう。
瑛太さんはきっと指輪がなくなってしまったことを自分の責任だと思っているだろうから。
こんなことになるなら瑛太さんに指輪を渡すべきではなかったのだろうか。
……いや、あの時瑛太さんに指輪を渡したのは間違いではなかったはずだ。
あの時は瑛太さんを励ましたい思いが強かったし、何より私時間が瑛太さんに指輪を渡したいと思ったのだから。
「はぁ……。戻ってこないかなぁ、指輪」
授業中に周りに聞こえないくらいの声の大きさで、私はそんなことを呟いていた。
これまでどれだけいじめられてもこんなに落ち込むことなかったんだけどなぁ……。
そんな時スマホの通知が鳴り画面を見ると、瑛太さんからメッセージが送られてきた。
瑛太「二十四日の夜、空いてるか?」
二十四日……?
二十四日の夜といえばクリスマスイブだが、クリスマスイブに私と過ごしたいということは、瑛太さんはそれだけの気持ちを私に抱いてくれているってこと?
もちろん私は瑛太さんのことが好きで、瑛太さんとクリスマスイブを過ごせるのは非常に嬉しい。
私の頭の中で渦巻いていた指輪を失ってしまったショックは、瑛太さんから連絡をもらったことで軽減されていた。
やっぱり瑛太さんはすごい。
図ったかのようなタイミングで私に連絡をしてくるなんて、そんなのはもう卑怯である。
そして私は授業が終わってから『空いてます』と返信をした。
◇◆
二十四日の夜、心姫をファミレスに呼び出した俺は集合時間の三十分前にファミレスに到着し、心姫が来るのを待っていた。
このファミレスは俺が純花に振られた場所で苦い思い出となっている場所だが、心姫と出会うきっかけをくれた場所でもある。
そんな憎くもあり、大切でもある場所で、俺は心姫に大切な話をするため心姫を呼び出していた。
何を伝えるかは言うまでもない。
直前になってヒヨるなよ、俺。
もう俺と心姫の関係はただの友達のそれではない。
俺と心姫の関係を前進させるタイミングはかなり前にやってきている。
そう決意を固めていた矢先、心姫からラインが入ってきた。
心姫『すみません。やっぱり今日はお会いできません』
「……へ?」
心姫のラインを見た俺は、思わず声を出してしまった。
集合時間の三十分前に突然予定をキャンセルするだなんてあまりにも心姫らしくない。
それに会えなくなった理由も書いてないし、一体どうしてしまったのだろうか。
そんなことを考えていた矢先、連絡先を交換していた武嗣さんからメッセージが入って来た。
武嗣『優奈ちゃんが心姫を迎えに行ったら家にいなかったらしいんだが何か知らないか?』
心姫が家にいない⁉︎
この様子だと高嗣さんも心姫が家にいない事情を知らないだろうし、心姫の身に何があったのだろうか。
とにかく一度電話をかけよう。
そう思って電話をかけるが、心姫は電話に出ない。
いてもたってもいられなくなった俺はファミレスを出て、アテもなく心姫を探しに行った。
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