第29話
賢人と花穏に迷惑をかけないように、そして俺自身のメンタルがすり減ってしまわないように、いじめから逃れてほとぼりが冷めるのを待つと決めた俺は、風邪を引いたと嘘をついて学校を休んでいた。
嘘をついた、とは言っても木村先生は俺が嘘をついて休むことを了承してくれているので、罪悪感は少ない。
あと数日で夏休みに入るという状況も、俺が嘘をついて学校を休む後押しをしてくれた。
そうでなければ何日学校を休んでいいのかわからないし、ただの不登校になってしまうからな。
そして学校を休み始めて二日目の今日、作戦通り学校を休んだ俺だったが、今俺は心姫の家の前までやってきておりインターホンを押していた。
心姫に変な心配はかけたくないし、俺の学校での状況に気付かれたくはなかったので少なくとも夏休みに入るまで心姫には会わないつもりだったのだが、昨日心姫から『足を怪我してしまって動けないので助けてくれませんか?』と連絡が来たので、仕方がなく心姫の家へとやってきたのだ。
心姫にはあまり心配をかけるわけにはいかないと、熱もなく少し喉が痛いだけ、と伝えていたこともあり手伝いに来ることができたが、高熱があると伝えていたら手伝いに来ることもできなかっただろうし、どうなっていたことか……。
まあその場合は武嗣さんだったり三木さんだったりが心姫の手伝いをしに来ていたんだろうけど。
そんなことを考えているうちに玄関の扉が開き、足を怪我したという心姫が出てきた。
「瑛太さん、来ていただいてありがとうございます」
「足は大丈夫なのか……ってあれ、ちゃんと両足に体重が乗って--うぉっと⁉︎」
「ふふふふふ、捕まえました。現行犯逮捕です」
「現行犯⁉︎」
そうして心姫は俺を自宅の中へと引っ張り込み、家の鍵を閉めた。
◆◇
「賢人さんと花穏さんから聞きました。瑛太さんが元カノさんに事実無根の大嘘を広められていると」
俺はため息を吐き「やってくれたな……」と呟きながら右手で顔を覆った。
心姫には心配をかけないよう、純花に嘘をつかれて学校内で不当な扱いを受けていることが原因で学校を休んでいることは絶対に言わないつもりだった。
優しい賢人と花穏なら俺のために心姫に純花の話をする可能性があったので、その話はしないでくれと念押ししてあったのだが、あの二人は俺のために心姫に俺の状況を伝えることを選んだのだろう。
「この前ドーナツ屋に行った時から瑛太さんのことが心配だったんです。明らかに元気が無い様子だったので。でも瑛太さんは理由を教えてくれそうになかったので、賢人さんと花穏さんに訊いたんです。あの二人を責めないであげてください」
賢人たちに純花の話はするなと念押ししておきながら、心姫から元気が無かったことに気付かれていたのだから賢人たちよりもまずは自分を責めなければならない。
どちらにせよ賢人たちは俺のことを考えて心姫に伝えてくれたのだから、賢人たちのことは責めるべきではない。
「大丈夫だよ。賢人たちが俺のために心姫に俺の状況を伝えたってことはわかってるから」
「……瑛太さんが私に心配をかけないよう自分の状況を隠していたというのはわかってます。でもなんで言ってくれなかったんですか。私はいつも瑛太さんに助けられてばっかりなので、私だってこんなときくらい瑛太さんを助けたいんです。瑛太さんの力になりたいんです」
俺が心姫にこの悩みを相談すれば、全力で助けてくれることくらい容易に想像がつく。
だからこそ、心姫には相談しなかった--いや、できなかった。
心姫だって俺と同じように学校で不当な扱いを受けているというのに、俺を助けるために行動していたのでは自分の状況を改善することが後回しになってしまうだろうから。
そしてもう一つ、俺が心姫にこの話をしなかったのには理由がある。
その理由は絶対に心姫に話すつもりはなかったし、話すべきではないということもわかっていた。 それでも心姫の優しさに触れた俺は、もう一つの理由を心姫に伝える決意をして話し始めた。
「心姫に迷惑をかけたくなかったってのは勿論心姫に相談しなかった理由の一つなんだけどな、実はもう一つ理由があって……」
話そうとするにつれて震え出す俺の声を聞いた心姫は、優しく微笑み「はい」と相槌を打った。
やはり心姫は優しい、優しすぎる。
そんな心姫に甘えていいのかどうかはわからないが、心姫になら自分の醜い部分を曝け出すこともできる。
「……今回元カノ--純花には大嘘を広められたし、それこそ車に轢かれて学校に復帰した時も、嘘の話を広められたんだ」
「どんな嘘なんですか?」
「心姫には俺と純花がどうやって別れたかもちゃんと説明してなかったよな。俺が振られたのはまあいわゆる浮気なんだ。他の男が好きになったから別れてくれって言われてさ。その男が女癖が悪いで有名な男だったから、俺はそいつだけはやめとけって言ったんだけど……。そしたら『私を引き止めるためにその人を悪く言うなんて最低』って勘違いで怒られてさ。俺は純花のために本心で言ってたのに……。それで別れてから初めて学校に登校していったら、純花が好きになった男の悪口を俺が純花に伝えて純花を引き止めようとした、って話が広まってて……。まあその時はそれだけの噂だったし、一応は勘違いだったからまだよかったんだ。でも今回は全くの大嘘だし内容が内容だけに話題性もあって流石に学校にいづらくてな。俺がいることで賢人と花穏に迷惑をかけることにもなってたし、それで学校を休むことにしたんだ」
「……酷すぎますね。あまり人を悪く言うことはないのですが、同じ人とは思えません」
「……俺もそう思ってる。そしてここからが心姫にその話をしなかったもう一つの理由なんだけど……」
俺は少し間を置いてから、意を決して心姫に相談をしなかったもう一つの理由を話し始めた。
「そんなに酷いことをされてるのにな、純花のことを心の底から恨めないんだ」
「えっ--」
心姫は俺のカミングアウトに驚きの声を上げた。
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