第8話
車に轢かれ入院してから二週間が経過し、無事退院してきた俺は久しぶりに帰ってきた自宅の自分の部屋でベッドに寝転がっていた。
右足にギプスを巻いているので生活しづらいのは言うまでもないが、それでも病院とは比べ物にならないくらい落ち着ける空間だ。
「ふぅ……。疲れた……」
ようやく落ち着ける空間に帰ってきて思わずそんな言葉を溢してしまうほど疲労が溜まっていたのは、車に轢かれて入院したことだけでなく、純花と別れたことも大きな要因となっていた。
車に轢かれたことで身体的ダメージを受け、純花に振られたことで精神的ダメージを負ってしまったのだ。
本来であればゴールデンウィークは純花と一緒に過ごす予定だったのに、まさかその全てを病院で過ごすことになるとは思っていなかったからな……。
まあそれと同じくらいゴールデンウィークを一緒に過ごすことになったのが、純花ではなく心姫になるとも思っていなかったけど。
俺が入院している間、心姫は毎日お見舞いに来てくれた。
「私絶対毎日お見舞いに行くので!」と伝えられた時は、流石に申し訳ないから毎日は来ないでくれと伝えたのだが、絶対に毎日来るというので、俺は面会に来てもらう時間を毎日一時間までと定めた。
その時間設定もあって心姫とはそこまで深い話をすることはできず、世間話をした程度に留まっている。
それでも対面の人と会話をする時ならではのぎこちなさはなくなってきたと思うけど。
……それにしても心姫、可愛すぎるんだよな。
純花と別れたばかりなのに何を言っているのかと思われるかもしれないが、大好きだった純花に酷い言葉を投げかけられて振られ、大きな傷を負った俺の心に可愛すぎる心姫の笑顔はよく沁みた。
小柄な体型に綺麗でスッとした黒い長髪、顔も小さく鼻もスッと通っており、和服を着せたら絶対に似合うだろうな、なんてことを考えてしまうほどの可愛さで、心姫が通うお嬢様学校の中でも心姫は群を抜いた可愛さなのではないだろうかと思う。
普通に生活していれば絶対に関わることのない心姫とこうして友達になれたのは、本当に神様のおかげとしか言いようがない。
そんなことを考えているとインターホンが鳴り、母さんが玄関に向かい扉を開ける音が聞こえてくる。
配達か何かだろうかと思っていると、母さんが俺の部屋までやってくる足音がしてきて部屋の扉が開けられた。
「瑛太! 心姫ちゃんが来てくれてるわよ!」
「えっ、心姫が?」
心姫がわざわざ俺の家まで来るなんて何の用があるのだろうか。
というかなんで俺の家の場所知ってるんだよ。
「ええ。あと、お父様もいらっしゃってるわ。瑛太にお礼と謝罪をしたいんですって」
「え、お父さんが……?」
……なるほどそういうことか。
娘を助けてくれた俺にお礼と謝罪をしたいという理由であれば、父親が一緒に俺の家にきた理由も、俺が住んでいる家の場所を知っている理由も頷ける。
母さんに呼ばれた俺は、急いで--とは言ってもギプスを巻いているのでかなり遅いが、できるだけ急いで玄関へと向かった。
「お待たせしてすいま--……せん」
玄関に到着すると、心姫とその父親と見られる男性が並んで立っていたのだが、心姫の父親が予想以上に強面の男性だったので思わず言葉を失ってしまう。
この強面の人が心姫の父親? どこからどう見たってヤク--裏の世界のお頭のような雰囲気なんだが。せめて和服を着るのだけはやめておいたほうがいい気がしますよ怖いので。
この人の娘がこれほど華奢で可憐な心姫だとは思えないな。
「ご、ごめんなさいっ。お父様、少しだけお顔が怖いので入院中の瑛太さんにお父様を合わせたら驚かれるかと思ってお見舞いするのはやめてもらっていたのですが……」
少しだけという言葉に疑問は覚えたものの、ツッコむのはやめて会話を続けた。
「こ、怖いだなんてそんなことないよ。優しそうなお父さんだね」
そう言って気を遣った発言をする俺は母さんはクスッと笑みを溢す。
「はいっ。本当はすごく優しいお父様なんです」
「……心姫の父親の武嗣っちゅうもんです。瑛太君には本当に感謝してもしきれねぇ。ありがとう。そして本当にすまんかった!」
「えっ、ちょ、ちょっとお父さん⁉︎」
心姫の父親、武嗣さんは俺に向かってお礼と謝罪をして、突然その場で土下座を始めた。
強面で喋り方も裏の世界の人の様な武嗣さんが土下座をしている光景は、何というか異様としか言いようが無い。
「土下座なんてされるだけ迷惑かもしれねぇが、それでも俺は君に感謝しないといけねぇんだ。二年ほど前に家内が病気で亡くなって、ただでさえショックを受けてたっていうのに、心姫までいなくなったら俺はもう生きていけなかったかもしれねぇ。本当にありがとう」
そうか、心姫が言っていたがこの人は二年前に妻を失っているんだ。
武嗣さん気持ちになると、俺に土下座をしたくなる気持ちも理解できた。
妻を失うだけでなく、その二年後に娘を失うとなれば自ら命を絶とうと考えたとしてもおかしくはない。
これまで誰の役にも立てておらず、純花にもクソ男呼ばわりされたいた俺が、誰かからこれだけ感謝されるとは思ってはおらず俺は自分がしたことの大きさを理解した。
自分は怪我をして母さんには心配をかけたが、心姫を助けることができて本当に良かったと思う。
「お母さん、こんなもんじゃすまないかもしれねぇですけど、これを受け取ってくだせぇ」
「……?」
そう言って武嗣さんが持っていたジュラルミンケーの中から出てきたのは、ケースいっぱいに入れられた札束だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます