正気と、勝機
*
「準備は宜しいですか、シエル様、コーラル様?」
黒髪の少女ジェッティアが瞳を巡らせると、左右に居た二人の令嬢が揃って頷いた。
「よろしくてよ、ジェッティア。わたくし頑張るわ」
「力尽くでもパールを停めて、アンバーを助けなくちゃね」
淡い桜色の髪に眼鏡の令嬢シエルが緊張した面持ちで深呼吸すると、鮮やかな桃色の髪を乱したコーラルも気合い充分とばかりに拳を握る。頼もしい二人の様子にジェッティアも薄く微笑み、頷いて見せた。
「合図と共に一斉にお願いしますね。それでは、いきますよ──」
既に呻きすら小さくなったアンバーの身体に、パールは鞭を振り下ろし続けている。──身体能力の高いパールが相手だ。正気では無いとはいえど、正面から馬鹿正直に飛び掛かったのでは、三人揃ってでも敵わない可能性があった。
パールが振り上げた鞭を、笑いながら力一杯振り下ろす──その瞬間、ジェッティアは鋭く合図を発した。
「──今ですッ!」
鞭を振り下ろした瞬間の、無防備になった右側面から三人が一斉に飛び掛かる。コーラルが斜め後ろから足に組み付き、真横からジェッティアが体重を乗せた体当たりを食らわせ、斜め前からシエルが右腕目掛けて飛び付いた。
「──っ!? な、にを……っ!」
このような攻撃に晒されるとは思ってもいなかったパールが、驚愕に言葉を失い目を見開く。体当たりを食らった身体はぐらつき、踏ん張ろうとするも足を動かせずよろめいた。緩んだ手の内から、腕にしがみ付いて来た手が血に濡れた鞭をもぎ取ろうとする。
「何だ、お前達、や──」
四人はもつれ合いながら床に倒れ込んだ。横向きに体勢を崩しながらも左腕で受け身を取るパールの身体を、すかさずジェッティアとコーラルが押さえ込む。
そして慌てるパールの隙を突き、右腕に取り付いたままのシエルが鞭を掴み、転がるように自身の身体ごと鞭をその手からもぎ取った。
「やった、やりましたわ!」
息を荒げながら鞭を握り締め、身を起こしシエルが声を上げる。その様子にコーラルもパールから手を離して起き上がり、安堵の息をついた。ジェッティアだけがまだ用心深くパールの身体を押さえている。
「……パール様、パール様。……お加減は、如何ですか」
組み敷いたままのジェッティアが問うと、パールの全身からくたりと力が抜ける。その眼はしばし揺れていたが、荒い呼吸が溜息と共におさまると、ようやくパールは周囲を呆然と見渡した。
「……い、一体、……私は、……」
そして床に突っ伏したままのボロボロになったアンバーに目を遣り、次いでべっとりと血にまみれた自身の右手を見てひっと息を飲む。
「わ、私は! 私は、何という事を……! 何故だ、一体」
「──どうやら、正気に戻られたようですね」
大きく息を吐き、ジェッティアがパールの上からそろそろと身体を退かした。パールは自分が先程までアンバーに行っていた蛮行を自覚した途端、ガクガクと身体を震わせている。
──もしも鞭を取り上げても正気に戻らないようならば荒っぽい手段を取る事も覚悟していたが、この様子ならばその心配は無さそうだ。ジェッティアはゆっくりと身を起こすと、ふう、と再度大きく息をついた。
──しかし当面の危機は脱したが、それで全てが解決した訳では無かった。
ジェッティアがちらとスクリーンを見上げる。
「カウントは残り四十七、砂時計は……後半分といった所でしょうか」
「ど、どうするジェッティア……? あと四十七回も鞭打ちをしなければならないのに、またおかしくなってしまったら……! このまま時間切れで皆で罰を受けた方がマシかしら?」
ジェッティアの呟きを聞きつけたコーラルが、甲斐甲斐しくアンバーの手当てをしながら問う。その会話にびくりと肩を跳ねさせ涙を零すパールを横目で見ながら、ジェッティアは首を振った。
「いいえコーラル様。こんな惨たらしいゲームを強要する相手ですわ、きっと罰というのも相当酷い物に違いありません。幸いにも時間に余裕がありますから、頑張って百回をこなした方が得策でしょう」
「でも、でも。ど、どうやって……」
コーラルを手伝いながらシエルが不安そうな声を上げる。ジェッティアは、確証はありませんが、と前置きしてから話し始めた。
「パール様の様子がおかしくなっていったのは、確か鞭打ちが二十五回を超えたあたりからだったと記憶しています。この鞭、恐らくは魔道具なのだと思いますが、連続して二十回を超えなければ大丈夫なのではないかと」
その返答にシエルもコーラルも、そしてパールまでもが目を丸くして驚いた。
「凄いわ、凄い! ジェッティア、それならば交代でやっていけば大丈夫ってことなの!?」
「ええ、恐らくは」
そしてジェッティアはにっこりと微笑むと、驚くべき言葉を言い放った。
「ではコーラル様、シエル様。──パニエをお脱ぎになって頂けますか?」
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