数字と、放水


  *


 ──『これから、部屋に水を注入します』。


 その言葉に皆は、自らの耳を疑った。


「は!? み、水だとぉ!? 一体何考えてんだ、あのアイアンメイデンは……!?」


 アメジスタンが素っ頓狂な悲鳴を上げる。クリスタリオは驚きに大きく目を見開き、ローゼズはぽかんと間抜け面を晒し、モリオンは何度も目を瞬いて唾を飲んだ。


 尚もアメリアの説明は続く。一方ディアマンテスは画面外へと移動したかと思うと、前のゲームで使ったものと同じ砂時計を運んで戻って来た。


『部屋が水で満杯になるまでの時間は、この砂時計の砂が落ち切るまでと同じ。どう行動するかは皆様にお任せしますわ。どうぞ、悔いの無い選択をして下さいませね』


 そしてアメリアは大きく豪奢な砂時計に近付き、その表面をそっと撫でた。透明な硝子の中では、砂粒が照明の光を受けて虹色の煌めきを見せている。


『──三百。今から三百を数えた後に、水の注入を開始致します。……それでは皆様、ごきげんよう』


 そしてスクリーンからアメリア立ちの姿は消え失せる。暗転し、黒い画面の中にまだ動かない大きな砂時計と、三百から規則的に減り続けるカウントが現れた。


「何がごきげんようだ! 全員溺死させる気か、あの鉄面皮は!?」


 尚も悲嘆の声を上げながらスクリーンを睨むアメジスタンの様子に、ああ、とモリオンは合点がいったように口を開いた。


「そこであの石棺の出番という訳か。水が満杯になれば天井の孔から脱出出来るという事なのだろうな」


「そうか、水が増えれば梯子とか無くとも天井まで近付けるからだね」


「でもそれだと、……誰かが犠牲にならないと、誰も脱出出来ないって事だよね。天井の孔が開いてなければ全員溺れ死ぬし、天井の孔を開けるには、……誰かが石棺に入ってなくちゃいけない」


 モリオンの意見に同意したクリスタリオの頷きに、横からローゼズが言葉を零した。その端々は震えていて、その内容は残酷な現実を皆に突き付ける。


「あああ、そうか、……そういう事か。畜生、あの女も執事も、……とんでもない事思い付くもんだってよ。悪魔かあいつらはよ!」


 貴族にあるまじき汚い言葉で罵倒し、アメジスタンが大きく舌打ちをする。それを咎める者は誰もいない。四人は互いを見回し、どうするべきか決めあぐねていた。


 時の流れというのはいつだって平等で、それ故に冷酷で無慈悲だ。──決断の時は、刻々と迫りつつあった。


  *


「ねえ、何か無い? 何かいいアイデアは思い付かないの!?」


 コーラルが引き攣った笑顔で三人を見渡した。


「そ、そう言われましても、こんな急に……」


 ジェッティアが考えをめぐらせながらも困惑を露わにし、シエルは震えながらジェッティアのドレスの裾をずっと掴んだままだ。パールも意識が回復し、持ち前の冷静さで何かを思案しているようだった。


「コーラル、そうは言ってもな……。石棺の蓋が開けば出入り口が閉まってしまうという事はだな、石棺の中に入った者は脱出出来ないという事に他ならない。つまり、誰か一人は犠牲にならざるを得ない、という事だ」


「そんなのもう分かってるわよ! パール、それを覆せるようなアイデアは無いのかって私は言ってるの! 鞭打ちの時も楽にクリア出来る方法が用意されてたんだから、今回のも何かある筈なのよ……!」


 客観的に現状を整理するパールに、苛立った様子を隠そうともせずコーラルが喰って掛かる。確かにコーラルの意見ももっともだ。しかし、一方的に期限が切られ時間が迫っている今、アイデアを出せと言われても直ぐに良い考えなど浮かぶ筈も無かった。


 ジェッティアはちらりとスクリーンを見遣る。残るカウントは百五十、もう余り時間が無い。放水が開始されても直ぐには危険な事態にはならないとは言え、余裕を持って臨める心など持てる筈も無かった。


  *


 ゴールディはただ黙ってカウントを見詰めていた。傍にはシルヴィアが寄り添っている。スティールとブラスは石棺の蓋を開け、何やら色々と試しているようだ。


 恐らく、何か革命的な解決法が見付からない限りは、あの二人のどちらかが石棺に入るのだろう。そしてその人物とゴールディとは、そこで永遠の別離となるに違い無い。


 ──万一自分が石棺に入る事を申し出たとしても、皆はそれを許してくれないに違い無かった。


 己は死ぬ事すら自分で選べないのだ。きっとそれはこれまでもそうだったように、これからもそうなのだろう。ゴールディはその事実に、軽い恐怖と、そして諦めを抱く。


 ……もしかしたらアメリアは自分に、死ぬ権利を、死ぬ自由を与えてくれるのではないだろうか? ふとそんな考えがよぎり、ゴールディは堪らなくなって薄く睫毛を伏せる。


 カウントは減り続けている。もう殆ど数字は残ってはいない。二十……、十……、五、四、三、二、一──。


 ゼロ。


『放水を、開始致します』


 アメリアの涼やかな声が響く。ぐるりと、砂時計が回転する。


 空中に大きな魔方陣が現れる。


 ──ゲームは、始まった。


  *

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