第五章:棺桶と、別離

花摘みと、再開


  *


「はぁ、やっぱり冷えるとすぐにお花摘みに行きたくなるわよね」


 溜息と共に部屋の隅から帰って来たサフィーリアが、ハンカチを仕舞いながらふうと再び大きな溜息をつく。


「毛布を頂いたとはいえ、石の床ですもの、やはり少し冷えますわよね。ささ、サフィーリア様こちらへ。身体をくっつけていれば少しはましになりますわ」


「温かいお茶も淹れ直しましたので、どうぞお飲みになって下さい」


「そうね。ありがとう、ガーネッタにスピカ」


 あれから三人はぽつぽつと会話を重ね、ぎこちなくも少しずつ打ち解けていった。まだわだかまりは胸の内に残るものの、互いを思いやれる程度には普通の関係に戻りつつある。


 再度現れたアメリアが置いて行ったクッキーと温かい紅茶を分け合い、三人で溜息を零し合っているような状況だった。壁際にはトパーゼンの亡骸が毛布を掛けられ眠っている。箱も綿埃も血痕も綺麗に無くなり、先程の凄惨なゲームの痕跡はすっかり消え失せていた。


「でもお茶を沢山飲むと、やっぱりお花摘みに行きたくなりますよね……」


「まあ、そうですわよね。しかしそれは仕方の無いことですわ」


 スピカの愚痴にガーネッタが苦笑を返した。サフィーリアが部屋の隅へと視線を遣る。


「でも、あれがあるからまだマシよね」


 ──『花摘み』とは、令嬢達が使う用足しの隠語である。そして先程サフィーリアが居た部屋の隅。そこには一つの箱のようなものが置かれていた。


 それは、魔方式の携帯型トイレであった。最新式の魔道具である。


 とある商会が売り出したそれは、王国始まって以来の空前の大ヒット商品となった。『洗浄』『浄化』『消臭』『消音』『隠匿』『分解』などの多くの魔法を組み合わせて作られているにも関わらず使用方法は単純明快で、必要とする魔力もほんの僅かで済むという優れものだ。箱すらも畳めて軽いまさに『携帯用』の名に恥じぬ逸品である。


 貴族は皆これを幾つも買い求め、狩りや旅、屋外でのパーティーに使用した。また安価である為に平民にも広く知られ、貧民街の衛生環境が劇的に変わったとの話すらある。


 紅茶や毛布と共にアメリアが置いていったこの携帯用トイレだったが、きちんとした作り付けの物と比べるとやはり随分と心許ない。それでも無いよりはましだと、こうして使っている次第である。


 サフィーリアは部屋の隅から視線を外すと、またふうと息をつき、スクリーンがあった壁の辺りを見上げた。そこには今は何も映ってはいない。


「──それにしても、私達これからどうなるのかしらね。どうやらまだ次のゲームがあるらしいけど、死ぬのは嫌だわ」


「そうですね、私も死ぬのは嫌です。痛いのも、辛いのも嫌」


「次のゲームは、せめて痛くないと良いですわね……」


 取り留めも無く言葉を零していた矢先、──不意に壁が明るくなり、そしてスクリーンが現れた。


「噂をすれば何とやら、……って奴かしら。どうやらその時が来たようね。覚悟はいい?」


 サフィーリアの呟きに他の二人も頷く。そして画面には、アメリアとディアマンテスが並んで姿を見せたのであった。


  *


『ごきげんよう、皆様。しばらく休憩の時間を設けさせて頂きましたが、少しは休まりましたでしょうか?』


 相変わらず鉄面皮のままアメリアが語り出す。すると隣の執事も優雅に礼をし、低く響く良い声で喋り始めた。


『それでは早速ですが、次のゲームの話をさせて頂きたく思います。さて皆様、この画面が映し出されている壁の、真下の床にご注目下さい』


 そこで執事は笑みを浮かべ、パチリと指を鳴らした。──途端に小さな魔法円が床の上に浮かび上がる。


 床から何かが、そう四角く長細い箱のようなものが、せり上がる。ずずずと微かな振動を伴い現れたそれは石造りで、人一人が丁度入れそうなそれは、まるで──。


「棺桶……?」


 思わず口から零れてしまった呟きに自らが驚いて、慌ててスピカは両手で口を押さえる。そのような不吉な言葉を言ってしまったという事、その事実こそがとにかく嫌だったのだ。


 しかし幾らスピカが口を塞ごうとも、他の二人も揃って同じ印象を抱いたようだった。サフィーリアは顔を歪め、ガーネッタは息を飲んだ。


『それではゲームのルールを説明致しますね。──まず、その石棺の蓋は内からも外からも鍵が掛けられるようになっております。そして仲に誰かが入った状態で蓋が閉まると、このように……』


 またパチリと指が鳴らされ、するとガコンと音がした。音の出所を探って見上げると……。


「穴? 天井に、穴が……」


 呆然とサフィーリアは穴を見詰めた。あれを使えば此処から逃げられるのだろうか。しかしあそこまで登るとなると、どのような手段を用いれば良いのか見当も付かない。


『天井に出入り口が開きます。蓋を開けたり中の重みが無くなると、直ぐに閉ざされてしまいますのでご注意下さい』


 微笑を浮かべたままのディアマンテスが言う。そして次の瞬間、アメリアの発した内容に誰もが耳を疑った。


『──これから、部屋に水を注入します』


  *

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