納棺と、罰


  *


「みんな、いくわよ。せーの……」


 サフィーリアの号令でガーネッタとスピカは力を込めた。よいしょ、と言いながら力を合わせてそれを持ち上げる。


 うんしょ、うんしょ、と息を合わせ、三人は毛布を引っ張り上げながらそれを運んだ。


 既に放水は始まっており、空中に浮かんだ大きな魔方陣からは滝の如く水が溢れ続けている。床で高さを増し始めた水に足を取られないよう気を付けながら、三人はあらかじめ蓋を開けておいた石棺の傍へとようやく辿り着いた。


「いい? 落とさないでよ。せーので下ろすのよ。いくわよ、せーの……」


 毛布毎慎重にそれを石棺の中へと下ろしてゆく。水は浸入しないように出来ているらしく、床の水は既に足首を超えているというのに棺の内側は乾いたままだった。その継ぎ目の無い石の箱の中にそれを安置させる事にようやく成功し、三人はふう、と大きく息をついた。


「……ごめんね、トパーゼン」


 スピカが泣きそうな声出呟いた。他の二人も目を潤ませている。


 ──そう、三人が石棺の中に安置したのは、回収されていなかったトパーゼンの遺体だった。


 このゲームの内容がアナウンスされた時、三人はトパーゼンの遺体が回収されなかった理由を知った。棺に入る物は死体だ。これほど相応しい場所は無い。


「これでは、……少しトパーゼンが寂しいですね」


 涙を零しながらスピカが、布で出来た花飾りを髪から外す。次いで、ドレスに着けられた飾りも、爪で糸を切り外して行く。他の二人もそれに倣った。


 棺の中のトパーゼンは、まるでただ眠っているかのような穏やかな顔をしている。花で飾られた彼女は、とても美しかった。三人は言葉少なにお別れを言い、そして──蓋を閉めた。


 ガコン、と音が鳴る。天井に人一人が通れる程の四角い孔が見える。


「後は……待つだけですわね。水が満ちれば、あの孔まで上がれる筈ですわ」


 ガーネッタが天井を見上げたまま呟く。水はもう、膝の辺りまで達している。そういえば、とサフィーリアが手を打った。


「みんな泳ぎは得意? ちなみに私は得意よ!」


 そして誇らしげに胸を張る。そんなサフィーリアの様子に、スピカは縮こまり、ガーネッタは苦笑を漏らした。


「私、実は泳いだ事が無いのです……」


「わたくしは得意という程では無いのですが、領地に大きな湖がありましたので、夏はそこでよく潜って遊びましたわ」


「そう、じゃあスピカは私が補助するわね。大丈夫、パニックにさえならなければ意外と平気よ!」


 そしてサフィーリアは、任せなさい、とドンと胸を叩いた。皆の緊張がほぐれ、ささやかな笑いが起きる。


 ごうごうと水は流れ続ける。石棺はもう、水の中に没しようとしていた。


  *


 トパーゼンの遺体。それは、先のゲームで二人もリタイアを出してしまったこのグループへの救済措置、アメリアの慈悲とも言うべきものだったのだろう。それが三人に伝わるか否かは、アメリアにとってはどうでも良い事だった。


「……また、勝手な事をなさいましたね?」


 ディアマンテスは笑顔でアメリアに詰め寄った。それは、怒っている時の笑みだ。口角は吊り上がり、しかし目は全くと言っていい程笑ってはいない。顔立ちが整っているが故に、その恐ろしさはアメリアを震えさせるに充分だった。


 ──砂時計を回転させた後、アメリアは執事によって壁際に囚われたのだ。


「先程も申し上げたではありませんか。何故、勝手な真似をしたのです?」


 アメリアはごくりと唾を飲む。手が少しばかり震え、無表情を装った顔にはほんの僅かに恐怖の色が滲んでいる。


「バランスが悪いからよ。トパーゼンの死体が無ければ、彼女達は解法を見付ける事は出来なかった。きっと、スピカ辺りが犠牲となっていた筈よ」


「それならそれでいいじゃありませんか。運命は自身の手で切り開くもの、もし犠牲が増えようともそれは彼女達の運命。あのような贔屓をしては、ゲーム自体のバランスが崩れてしまいます」


 執事のもっともな意見に、それでもアメリアは謝らず唇を引き結ぶ。そんなアメリアの瞳をじっくりと覗き込んだ後、ディアマンテスはふうと大きく溜息をついた。


「……まあ、もうやってしまった物は仕方ありませんね。それにバランスが悪いというのも一理ありますし。──しかし、約束を破ったのは事実です。しかも二度目ともなると、相応の罰を受けて頂く事になります」


「……いいわ。罰なんて、怖くはないもの」


「ふふ、そうでございますか。それでは──」


 執事のしなやかな指が伸びる。顎を掬われ、アメリアの整った顔が上向かされる。


「失礼します。──目を、閉じて下さいませ」


「……ん」


 ディアマンテスの低く艶やかな声が鼓膜から心に入り込む。透いた血めいたアメリアの瞳が閉じられる。僅かな緊張が睫毛を震わせる。


 ──そして、唇が重ねられた。


 ずくん、とアメリアの心臓が跳ねる。軽く食まれた唇が熱を持つ。触れる息は熱く、甘く、痺れさせ蕩かせる毒の蜜めいた香りがする。


 閉じていた唇は自然と開き、迎え入れるかの如くディアマンテスの舌を受け入れる。


 ずくん、ずくんと身体の中で早鐘が聞こえる。触れられた部分が灼けるようで、アメリアは悶えるように息を吐く。とろり、とろり、甘美に混じり合う蜜は蕩け、ふわりまるで身体が浮き上がるような、堕とされるような浮遊感。


 そして、アメリアは身体から力が流れ出すのを感じる。前身を巡っていた力が、溶けるように失われてゆく。それはまるで、眩暈にも似て──。


「ふ、は。……今回は、これぐらいで勘弁してさしあげます」


 ようやくディアマンテスの唇が離れた時、アメリアはふわりとよろめいた。慌てず執事はアメリアの身体を抱き留め、そして大事そうに抱き上げる。


「……何を、したの?」


 少し掠れた声で問うアメリアに、くくっと執事は低く笑う。身体越しに響く声に、アメリアの心臓はまたずくんと跳ねた。


「魔力を少し頂きました。半分程でしょうか。しばらくは身体に力が入らず、何も出来ない筈です。少しお嬢様には大人しくして頂こうと思いまして。ご安心下さい、しばらく休んでお食事でもなされば、そのうち元に戻ります」


「……そう」


 ──これは罰なのだろうか、アメリアは未だ蕩けるような感覚の中で考える。あれ程に甘美で夢心地の、まるで極上の酒に酔ったかの如き気分は、罰とは対極のように思えた。


 そっとソファーに下ろされ、身体を包んでいた熱が離れるのをアメリアは寂しく感じる。──こちらの方が余程罰じみている。


 そのような事を考えながら、アメリアは薄く伏せた瞳でスクリーンを眺めるのだった。


  *

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