密閉と、別れ


  *


 空中に浮かんだ魔方陣からはゴウゴウと滝の如く水が噴き出している。水位は既に足首まで及び、冷たさが全身を震わせた。


「おい、どうするっての。誰か何か浮かんだか?」


 アメジスタンが舌打ち混じりに皆に問う。しかしそれぞれに石棺を覗いたり蓋を開け閉めしたり棺の中に入って調べたりしてはいるものの、良い案は誰の頭にも浮かばないようだ。


「やはり底に何か仕掛けがあるようだが……、お手上げだな」


「蓋とも連動しているようだけど、仕組みらしいものは見当たらないから、やっぱり物理だけじゃなく魔法術式が絡めてあるのかもね」


 内部を調べていたモリオンが首を振ると、ローゼズも蓋から目を離して首を竦めた。外側に何かないかと身を屈めていたクリスタリオが、そう言えば、と顔を上げる。


「水はもう結構溜まって来ているけれど、石棺の内部には水は入らないようになってるんだね。もしかして蓋も密閉式だったりするのかな?」


「──それだ!」


 同じように反対の側面を調べていたアメジスタンが、弾かれたように立ち上がり大声を上げた。皆はそれに驚き、揃ってアメジスタンに注目する。


「それだ、って……何の事?」


 身を起こしたローゼズが問うも、アメジスタンは時間が惜しいとばかりに棺の中のモリオンに詰め寄った。


「すまんってか、モリオン、そのままそこに寝てくれ。そんで蓋閉めてちょっと試したい事あるから、すまん、頼まあ」


「ああ、別に構わんよ」


 快く了承すると、モリオンは石棺の中に横たわった。慎重にアメジスタンが蓋を閉める。不安そうにクリスタリオがアメジスタンを見遣った。


「で、何を試すの?」


「──こうするのさ」


 アメジスタンは臑まで溜まってきた水を両手で掬うと、バシャッと蓋の上にぶち撒けた。驚きにクリスタリオとローゼズが固まる中、もう二掬い程、アメジスタンが水を撒く。


 蓋は縦に割れ、中心から左右に開く方式だ。中央には留め金があり、鍵が掛かるようになっている。内側にも同様の物が設けられている仕組みだ。


「えっ、何してるの!? そんな事したら中に水が……!」


「それを試してるんだってばよ」


 ローゼズの疑問にアメジスタンがニヤリと笑い、自分の上着の裾で蓋に溜まった水を簡単に拭った。それから慎重に蓋を開き、中に寝ているモリオンに声を書ける。


「ありがとさん、モリオン。で、蓋の隙間から水は染み込んだかい?」


 モリオンもゆっくりと身を起こし、不器用に笑いながら言葉を返した。


「いいや、一滴たりとも入って来ていないな」


 二人の遣り取りに、クリスタリオとローゼズもあっと驚きの声を上げた。


「もしかして、蓋をきちんと閉めれば水は入ってこない……!?」


「だったら、中に入った人は生きてられるってこと?」


 喜色を浮かべる二人に対し、アメジスタンは真剣な顔で小さくかぶりを振った。


「飽くまで仮定の話さ、上手くいくかどうかなんて分からない。可能性の話ってか、これも罠って事も有り得る。でも時間も無いし、他にアイデアも無い以上、これに賭けるしか無さそうってね」


 そして三人を見回すアメジスタンの視線に、クリスタリオはごくりと唾を飲み、ローゼズはぶるり身を震わせた。


 既に水は膝まで達しようとしている。躊躇している時間は無い。石棺の高さを水位が超えてしまえば、このアイデアは無駄となってしまうだろう。


 しばしの沈黙の後、──低い声が部屋に響いた。


「自分が入る。というかもう入っているし、このままでいいだろう?」


 それはモリオンの言葉だった。不器用な笑いを浮かべたまま、彼は起こしていた身を再び石棺の中へと横たえる。


「いいのか、モリオン」


「ああ、別に構わんよ。駄目だったらその時はその時だ。気に病むな」


 流石に緊張した声色のアメジスタンの言葉にも、モリオンは軽い口調で何でも無い事のように返事をした。クリスタリオは堪らずに蓋を閉めようとするモリオンに手を伸ばす。


「モリオン、いいの!? モリオン、ここでお別れなんて、……っ」


 感極まって言葉が詰まるクリスタリオの手を取り、モリオンが笑った。その手は大きくて温かで、クリスタリオはモリオンの優しさを思い出し、涙が溢れそうになる。


「きっと大丈夫だ。心配するな、きっとまた会える。……クリスタリオ、これを預けておく。また会えたら返してくれ」


 そしてモリオンがクリスタリオの小さな手に握らせたのは、ゲームに使われるカードだった。クリスタリオは頷くと、それを大切に服の内ポケットに仕舞う。


「そろそろヤバいぞ、水位がギリギリだ。閉めるからな。またな、モリオン」


「ああ、またな」


 アメジスタンが声を掛けると、モリオンも大きく頷いた。ローゼズが泣くのを何とか堪えながら小さく手を振り、クリスタリオも鼻を啜りながら手を振った。


 ──蓋が閉じられる。内側で、鍵の掛かる音がした。ガコン、と天井に四角い孔が開く。


 水はもうすぐ石棺を飲み込もうとしている。三人で天井を見上げる。


 あの暗い穴の先に何があるのか。──クリスタリオはただ、力を込めて天井を睨み付けた。


  *

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