欺瞞と、苦痛
*
『そう、あの日に繋がる経緯はこれで明らかになりましたわ。でもジェダ・ジェイド、肝心の『あの日』の事が未だ不明です。それを、お聞かせ願えませんか』
それまで沈黙を守っていたアメリアがようやく言葉を発した。それは予定調和のようにただ淡々と、しかしほんの僅かだけ憂いを帯びているように、クリスタリオには思えた。
『ああ、あの日は──いつものように愛を交わし遭っていたんだ。しかし炎魔法の加減を俺が間違えて……香油の壺へと火が燃え移り、しかも誤ってルチルがそれを被ってしまったんだ。気が動転して、騒ぎになってしまったという訳だ』
何でも無い事のようにジェダが言う。しかし、その物言いにクリスタリオは違和感を覚えた。
あれだけ用意周到に、友人はおろか家族にまで行為を隠し通していた二人が、そんな単純なミスを犯すだろうか。むしろこれは、事前にそう語るよう用意していた筋書きのような──。
その瞬間──ジェダの胸に、赤く光る魔法円が浮かび上がった。
『おやおや、どうやら嘘をついてしまったようですね? ジェダ様、これは欺瞞を罰する魔法です。嘘を訂正するまで、この魔法は罰という名の苦痛を与え続けるのですよ……覚悟はおありですか?』
何処か笑いを含みながらディアマンテスが告げる。鼓動めいて明滅する魔法円を、しかしジェダは動ずる事無く静かに見詰め続ける。
『罰なら、俺が全部受ける。それぐらいの覚悟は出来てい……う、ぐ!?』
ジェダが台詞を語り追えるより先に、ドクン、と赤い光が大きく輝き、苦痛にかジェダの顔が酷く歪んだ。それまで一切動かずただジェダを見詰めていたルチルティアナが、初めて大きく目を見開く。
『ジェダ様!』
『いいから、ルチル。俺に、全部、……う、ぐああ、あ、ま、任せ……っぐ、ああああっ!』
ルチルティアナの声は酷くしわがれ、しかしその声色には戸惑いと悔恨そして切迫感がありありと滲んでいる。対するジェダの声は穏やかで、しかし苦しみを噛み殺そうと食い縛る奥歯がギリギリと耳障りな音を立てた。
『撤回するなら今の内です。早くしないと言葉すら発せ泣くなりますよ』
促す執事の言葉に、しかしジェダは荒い息でかぶりを振る。徐々に強まる痛みに、肉が伸ばされ関節が軋み骨が悲鳴を上げる異様な苦痛に、押し殺した悲鳴と苦悶の呻きを上げてジェダは耐えようとする。
そんな婚約者の覚悟に今にも泣き出しそうになりながら、ルチルティアナががくがくと身を震わせた。包帯だらけの手は痛々しく、しかし耐えるように強く強く握られている。
そんなルチルティアナの手に、黒く滑らかな絹の手袋を嵌めた手が重なる。目に涙を溜めたルチルティアナが見上げると、そこには真摯な瞳で自分を見下ろすアメリアの姿があった。
『良いのですか? ルチルティアナ・クリストル。貴女の愛する婚約者が、愛する恋人が、このままでは──死んでしまいますわよ?』
その言葉は凪いでいて、何の感情も持たなかった。しかしルチルティアナは重ねられたアメリアの手をそっと握り、震える唇でアメリアに問う。
『私が証言すれば、ジェダ様は助かるのですか?』
『ええそうよ、ルチルティアナ。貴女があの日の全てを打ち明けるならば、発動された魔法を解いてジェダを苦痛から解放する事を約束するわ』
『……感謝致します、アメリア様』
ルチルティアナは包帯だらけの顔で不器用に微笑むと、祈るようにアメリアの手に額を当て、そして瞳を閉じた。近くからジェダの苦悶の声が響き続けている。
ルチルティアナは姿勢を正し、一度大きく息を吸い込む。手を離したアメリアが見守る中、ルチルティアナは精一杯はっきりとした声出、ゆっくりと宣言した。
『あの日の事、ジェダ様に代わり私が証言致します。ジェダ様を苦痛から解放して下さいませ』
『──っ、あ、あ、あああ……いけない、ルチル、駄目だ! 言っては、本当の事を言っては──』
驚き叫ぶジェダを見遣り、ルチルティアナが微笑む。
『もう良いでしょう、ジェダ様。私はもう先が長くありません。洗いざらい全部曝け出して、せめて心だけでも綺麗にすっきりさせて旅立ちとうございます』
『あ、ああ、ああああ……ルチル、ルチル! すまない、俺が、俺がもっと、強ければ……ルチル、すまない』
『良いのです、ジェダ様。──さあ、全てをお話し致します。あの日何があったのか、いえ、何故あの日、私は火だるまとなったのかを……』
ジェダの魔法の明滅はもうすっかりなりを潜め、しかし彼はまだ苦痛が続いているかのように苦悶し喘ぎ床に崩れ膝を突いた。
そしてルチルティアナは語り始めたのだ、全ての真実を、自分達の計画と歪んだ愛の全てを──。
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