加速と、嘔吐


  *


 そんな行為を始め、いかほどの時が経っただろうか。気付けば二人は、もう引き返せない領域までも踏み込んでいた。


 互いの部屋を訪問し、背徳的な逢瀬を重ねる日々。──しかしその時間は通常の若き恋人達のそれとは大きく異なっていた。


 響く絶叫、上がる炎、脂のバチバチと爆ぜる音。肉や毛の焦げる独特の悪臭、煙と煤。ジェダとルチルティアナの寮の寝室には、それらの痕跡が色濃く染み付いていた。


 その頃にはもう既に、雇った治癒師はとっくに逃げ出していた。余りにもおぞましく、余りにも気の狂った行為に、自らの精神が付いて行けないと恐怖を覚えたのだ。それ以降も雇った治癒師は悉く短期間で逃げ出し、諦めた二人は最低限の治療しか施さなくなったという。


 ──結果的にルチルティアナの身体は火傷痕だらけとなっていった。肌を露出しない部分、とりわけ下半身の傷跡は酷いもので、股や内腿などはまともな皮膚が存在しない有様だったようだ。


『ルチルは本当に可愛かった。炎に炙られ上げる絶叫は俺の鼓膜を心地良く震わせ、灼ける匂いはどんな香より素晴らしかった。肌の白さは醜い火傷をくっきりと際立たせ、零す涙が炎の熱で蒸発するさまは、どんな絵画よりも価値があると思ったよ』


 そして当然、そんなルチルティアナにジェダは興奮し、欲情し、深く深く愛を交わしたのだと、恍惚とジェダは語った。


『俺は灼けるルチルの中に己れを埋めるのが好きだった。ルチルの中を炎で灼き、火ぶくれを起こした中を掻き回すのが堪らなかった。グジュグジュと血と汁と粘膜がボロボロに混ざり合った中は自分も火傷しそうに熱くて、その渾然となったるつぼで自身も溶かされ一つになっていくようで、──本当に、最高の愛を感じたんだ』


 ジェダの言葉の意味を理解した瞬間、──クリスタリオは嘔吐した。涙を零しながら両手を突いてうずくまり、石床の上に吐瀉物を撒き散らした。


 他の四人も顔を真っ青にして固まっていたが、クリスタリオの嘔吐する音に気を取り戻したようだった。モリオンが心配げにクリスタリオの背をさする。


「狂ってら……。なあ、ジェダさんて、こんなだったっけか。俺らには本性、ずっと隠してたってのか」


「いや、誰にだって表と裏があるんだ。友人と家族と恋人、見せる顔がそれぞれ違っていたとしてもそれは普通の事だろう。全部を明け透けにしてる人間なんていないさ」


 ジェダに裏切られたとでも感じたのか、顔を歪めアメジスタンが吐き捨てる。しかし嫌悪を露わにする友人を冷静にシトリーが諭した。


 でも、と首を振りローゼズが美麗な顔を曇らせ呟く。


「例え誰にでも表裏があったとしても、狂っているであるとか、倫理的におかしいであるとか……、そういった事はやはり善悪の判定を下されるべきじゃないのかな。例えば、普段は温厚だけれど殺人犯の顔も隠し持つ人物がいたとしたら、その人物は裁かれるべきだろう?」


 取り留めの無い会話がほろほろと石床に零れる。この議論に何の意味があるのか、ショックにまだキリキリと頭痛のするクリスタリオには全く解らなかった。遣り取りするだけの言葉の固まりは、自分の撒いた反吐と同じぐらいの価値しか無いのではないか──クリスタリオは無性に苛々し、強く奥歯を噛んだ。


 モリオンはまだクリスタリオの背中をさすってくれていた。無言で労る手の温もりがただ優しくて、クリスタリオは少しだけ、また涙を零した。


  *

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