罰と、弾丸


  *


 アメリアが銀の盆から手に取ったそれは、酷く硬質な輝きを放っていた。


 短い筒の側面に握り手があり、更に小さな牙のような突起がその横に突き出している。全体には美しい装飾と見紛わんばかりに、魔法の術式らしき紋様が彫刻めいて光を反射していた。


 アメリアの髪と似た重い鈍色の光沢を放つそれは──最近開発されたと噂の魔道具である。


『これは、魔法式短筒と呼ばれるものですわ。持ち手を握りこの牙の如き部分を引けば、爆発の魔法によって筒の先から特殊な弾が飛び出す仕組み。その威力は凄まじく、力を持たない者でも簡単に人一人程度殺す事が可能な……俗に、【魔銃】と呼ばれる武器ですわ』


 アメリアは魔銃を握り、銃爪に指を掛けてその先端を天井に向かって掲げた。隣ではうやうやしく頭を下げたディアマンテスが、更に解説を加える。


『使用者の魔力を流すだけで、その機構は起動致します。その魔力量はほんの僅か、殆ど魔力を持たない平民が魔力竈に流す程度のもので充分ですし、その魔力量が威力を左右する事はございません。このように構え、銃爪を絞るだけで──』


 アメリアが魔力を流したのだろう、魔銃の紋様が美しく赤く輝く。そして天に向かって銃口を向けたアメリアが、軽い動作で引き金を引いた刹那──。


 ──ダンッ!


 瞬間、小さな爆発音が石造りの部屋に響いた。


『……このように、特殊な弾が発射され、目標へと凄まじい速度で一直線に飛翔致します。その威力は同等の距離で発動された石弩の破壊力を優に凌駕するものでございます』


 パラパラと天井から石天井の破片が降った。スクリーンの画面が、魔銃の弾が着弾したと思われる箇所をクローズアップする。その部分は堅い石の素材が穿たれ弾が突き刺さり、薄く煙が漂っていた。


 アメリアが腕を下ろし魔銃の筒を撫でる。もはや赤い光は消え失せ、魔銃は元の鈍い輝きを湛えている。


 一連の流れに、クリスタリオ達は呆気に取られ床にへたり込んだ。初めて見る武器の衝撃、何よりもその威力に皆はまるでその弾に撃ち抜かれたかのように言葉を発する事が出来なかった。凝視するスクリーンの映像は再び四人の姿へと戻り、アメリアから魔銃を受け取ったディアマンテスが機構を操作し弾丸と思しき鈍色の小さな塊を魔銃に詰め直している。


 さて、と場を仕切り直すかのようにアメリアが再び口を開いた。


『それではジェダ、ルチルティアナ。お二人にはこの魔銃をお渡しします。お二人のどちらか、もしくは両方が、裁かれるべきと思われる者をこの魔銃にて撃って頂きますわ』


 その台詞に二人がはっと息を飲む。ディアマンテスがもう一丁の魔銃を取り出し、銀盆に載せた魔銃を運びそれぞれをジェダとルチルティアナの手に、有無を言わさず握らせた。


『裁く──。俺達は、やはり裁かれるべきなのか』


 ジェダが苦しげにその整った顔を歪めた。手に握らされた魔銃は重く冷たく、まるで自らの罪の重さを表しているかのようだ。


 そんな彼に、慈しむように諭すように、ルチルティアナが言葉を掛ける。


『いいえ、ジェダ様。私達は、裁かれる程の事を、大きな罪を犯しました。やはり、裁かれるべきなのでしょう』


『ルチル……』


『婚前交渉などは微々たる罪なのでしょうが……、人の道に外れた交わり、そして聖教会を欺こうとした罪。尊き婚姻を穢そうとした罪。企てを起こし、混乱を招いた罪。何よりこれは、魔法を我欲に使い、愛欲に溺れ、神から給わった身体を自らの手で穢した大罪に対する罰なのですわ』


『……そうだな、お前の言う通りなのかもな、ルチル……』


 ジェダは目を閉じ何かに堪えるように奥歯を噛み締め、じっと拳を震わせていた。ルチルティアナも、そしてアメリアも執事も、彼の葛藤を、そして決意に要する時間をただ黙して待つ。


 やがてジェダは瞳を開くと胸を張り、真っ直ぐにアメリアを見詰めた。その顔にはもはや迷いは無く、ただ決意と誇りがあった。


『──俺は裁きを受け入れる。ただ、最期は貴族らしく、自らの手で終わる事を許して貰えるだろうか』


『勿論ですわ、ジェダ・ジェイド。心のままに』


 アメリアが静かに頷き、一歩身を引いた。代わりにディアマンテスがジェダに近付こうとすると、それを制する者があった。──ルチルティアナが涙を拭い、二人を見上げていた。


『水を差して申し訳ありません、ジェダ様。……どうか、私が先に裁きを受ける事を許しては頂けませんか』


 驚いたように目を見開くジェダに、ルチルティアナは哀しそうにはにかむ。


『私、ジェダ様が先に逝かれる姿を見てしまうと、その……取り乱して、決意が鈍ってしまいそうなのです。どうか、……お慈悲を』


『ルチル、そんな、気味が先に逝くなどと』


 再び顔を歪めるジェダに、ルチルティアナはふるふると首を振った。手の中の魔銃に一旦視線を落とした後、そっと握り直した。その手は微かに震え、しかしその瞳には信念が宿っている。


 ジェダは何かを言おうと何度か口を開きかけ、しかし何も言えず奥歯を噛んだ。ルチルティアナの腕がゆっくりと上がり、その華奢な手を補助するようにディアマンテスが支える。


 魔銃がこめかみに、添えられる。刻まれた紋様が、淡く金色に輝く。


『大丈夫ですよ、ジェダ様。私達の行くところは同じ。またすぐに会えますわ……』


 そしてルチルティアナは精一杯の笑顔を浮かべ、こめかみに自ら突き付けた魔銃の銃爪を、引いた。


  *

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