裏切りと、断罪
*
──ダンッ!
「『──ルチルうぅっ!』」
その瞬間、ジェダの雄叫びとクリスタリオの絶叫が、スクリーン越しに重なった。
まるでスローモーションのように、ゆっくりとルチルティアナの背がぽすん、と車椅子の座面に倒れた。こめかみからはとろ、と真っ赤な血が溢れ、周囲の包帯を濡らして行く。
魔銃を握っていた手がゆらりと力を失う。落ちそうになった魔銃をディアマンテスが受け留め、そしてルチルティアナの手を丁寧に彼女の膝の上へと置いた。
──まるで眠っているかのようだった。こめかみから溢れる血以外には大きな傷は見当たらず、ルチルティアナは微笑みを浮かべたまま、目を閉じていた。ジェダも、スクリーン越しの五人もルチルティアナの死が信じられず、ただ震えていた。
そんな彼らの心情を汲む事無く、執事は薄く笑みを浮かべたままジェダに近付く。
『ルチルティアナ様は見事、ご自身で片を付けられました。──ジェダ様、今度は貴方の番でございます。さあさ、今直ぐに手枷を外して差し上げますので、貴方様も後を追われると宜しいかと存じます』
嘲笑うかのような表情を浮かべ大仰な身振りで歩みを進める執事、それはまさに慇懃無礼とでも言うべき態度である。悲しみの余韻を無理矢理断ち切るかのようなディアマンティスの雰囲気に、それまで奥歯を噛み拳を震わせていたジェダがギッと執事を睨み付けた。
『この、……無礼者ッ!』
傍に歩み寄ったディアマンテスはジェダの罵倒など気にする様子も無く、手品の如き流麗な手付きで首枷と手枷を取り外す。作業の間もジェダの翡翠の瞳は怒りに燃え、魔銃を握った手はぶるぶると震えていた。
『さあさ、準備が整いました。ジェダ・ジェイド様、さあどうぞ、高位貴族の誇りをもって、自らの手で罰を下すと宜しいかと』
『貴様ァッ! 愚弄するのも、好い加減に……ッ!』
尚も笑み言葉で煽るディアマンテスに、怒りの限界に達したか、ジェダが魔銃を構えた──ディアマンティスに向かって。
『執事風情が、このジェダをッ! 嘲笑うなど、許されると思うなよ……ッ!』
両手で持ち手を握り、勢いに任せ咆哮する。魔銃がジェダの魔力を吸い淡い緑に光る。頭が熱い、目の前が赤く染まる。執事の嘲るような笑顔に銃口を定める。
『死ねッ、このジェダを馬鹿にする者は、全員死に絶えろ……ッ!』
ダンッ!
ジェダの握った魔銃から弾丸が放たれると同時、──ディアマンテスは優雅に腕で空を裂いた。
──キィン!
不可視の壁の前に、弾丸は阻まれる。火花が散り、弾丸が床に転がる。
『何故だッ、何故だああああッ!?』
ダン、ダン、ダンッ! ダンッ!!
絶叫と共に放たれた弾は、全てがディアマンテスの眼前でその速度を失い、カラン、カランと次々と床へと転がった。
『無駄ですよ、このディアマンテスには弾丸なぞ効きません。──おやおや、弾切れのようですね?』
何度銃爪をを引いてもカチカチと鳴るだけとなった魔銃に、見る見るジェダの顔が蒼褪めてゆく。
──不意に、凜とした美しい声が降る。
『ジェダ。ジェイド。──貴方の罪が、またひとつ増えたようですわね。──約束を、違えた罪』
アメリアが、立っていた。
全身に紅い燐光を纏い、熱を帯びて輝く鉄めいて──アメリアは、笑っていた。大輪の薔薇が咲き誇るが如く。
『わたくし達との約束を、そして何より、ルチルティアナとの約束を、貴方は裏切った。──自決出来るなどという、普通に死ねるなどという慈悲は、返上ですわね』
『──ひッ』
血のように紅い唇が、妖艶に笑う。ジェダの喉から知らず悲鳴が漏れる。
ディアマンテスが差し出した純白の大鎌に、アメリアの紅き燐光が反射し、美しく染まってゆく。
『普通の地獄では生ぬるい。特別な地獄へ、貴方専用の地獄へと、送ってあげますわ。さあ、ルチルティアナが貴方が来るのを待っていますわよ……!』
ガタガタと震えるジェダの目に、紅く輝く大鎌が映る。振り上げられたそれは、凄絶なまでに美しく──。
そして炎えるような軌跡を描きながら、その刃が振り下ろされた。
……ゴトリ。
一拍遅れ、ジェダの首が落ちた。次いでゆっくりと身体が床へと倒れる。
執事がジェダの手から落ちた魔銃を回収し、その首を拾って胴体の上へと置いた。
──恐怖に引き攣った表情を浮かべたままのジェダの首。その目は、左右それぞれが上下左右バラバラに動き続けていた。
「う、わ、あ、あああああぁあああ!?」
クリスタリオは絶叫し、そして、気を失った。
アメリアはもう、笑ってはいなかった。
*
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