解法と、鉄箱

  *


 銃爪が引かれた瞬間、クリスタリオはぎゅっと眼を瞑った。


 ──カチリ。


 カチ、カチ、カチリ。


 続けて四度、音が聞こえた。弾の込められていない時特有の音だった。


 クリスタリオはゆっくりと目を開けた。ローゼズも同じ心地だったのか、顔を覆っていた両手をそっと下ろすところだった。


 モリオンは肩を竦めている。何事も無かったかのように、アメジスタンはモリオンの後頭部からシトリーの魔銃を下ろした。


「分かってはいても、やはり良い心地はしないな」


「だよな。ま、結果オーライってね」


 安堵したようなモリオンの呟きに皮肉げな笑みを返し、アメジスタンはシトリーの魔銃を箱の横へと置いた。そう、五発撃ち終わった魔銃はもう用済みなのだ。


「え、ど、どういうことなの?」


 まだ戸惑いを拭えないローゼズが魔銃へと視線を落とすと、アメジスタンが自分の魔銃を握り直しながらスクリーンを見遣った。


「魔銃の中に込められた弾は一発だろ? で、シトリーの選んだ魔銃は一発目にその弾が発射された。この魔銃は五発弾が入る機構だ。じゃあ、残りの四発分は弾が入ってないってこったろ?」


「あ、ああ……! なるほど!」


「馬鹿正直に皆で二発目をせーので撃たなくたって、誰がどの魔銃使ったっていいってんなら、この魔銃使わない手は無いって、な?」


 アメジスタンが指し示したカウントは、既に一にまで減っている。全員で撃った五発分と先程の空砲四発が引かれた計算だ。


「じゃあ、あと一発で終わるんだね」


 クリスタリオがほっと胸を撫で下ろすと、しかし途端にアメジスタンは難しい顔をした。モリオンも同じように眉根を寄せ黙り込む。


「その一発が、問題なんだよな……」


「……あ」


 アメジスタンの呟きに、クリスタリオは少し上がり気味だった心がまた沈んでゆくのを感じた。


 そう、また一からやり直しなのだ。残った魔銃は全て一発目が空砲だった。残り四発、それぞれの魔銃が何発目に弾を抱えているのか、知る術が無い。たった一発で終わりとなるが、その一発のハードルが途轍もなく高い。


 皆はそれぞれに黙り込み、誰ともなく顔を突き合わせて座り込んだ。砂時計にはまだ余裕はあるものの、しかしゆっくりしている暇は無さそうだった。


 そして少し目を彷徨かせていたモリオンが、珍しく率先して口を開いた。


「その、一応だが考えがある。……撃つのは『頭』なのだよな。それならば、死者に鞭打つようで心が痛むのだが、シトリーの頭を撃てば良いのではないだろうか……?」


 モリオンの沈痛な表情をじっと眺めた後、アメジスタンが目を逸らし呟いた。


「それは、俺も考えた。でも出来りゃやりたくないよなって。空砲ならいいけど、そうじゃなかった場合、遣り切れないよなって」


 その意見にローゼズとクリスタリオも同意する。でも、と目を伏せながらローゼズが零す。


「どの銃が二発目に弾が入ってるかそうじゃないかなんて、確かめようも無いし……。でもでももし何も思い付かなかったら、時間が無くなりそうだったらシトリーを撃つのは仕方無いよね……」


 俯くローゼズの様子に、クリスタリオも気分が落ち込んでゆくのを実感する。何か、何か無いだろうか──。クリスタリオはぐるり周囲を見回し、そして、置かれたままの箱で目を留めた。


 自在に転送魔法を操る事の出来るアメリア達が、何故こんな箱にわざわざ魔銃を入れて送って来たのか? 魔銃だけなら、裸のままなり適当な袋に入れるなりで充分の筈だ。しかもこの深過ぎる箱にはご丁寧に詰め物までされている……。


 そこで、は、とクリスタリオは気付いた。柔らかい詰め物のされた頑丈な箱。これはもしや、とクリスタリオは立ち上がり、箱の傍へと歩み寄った。


「あ、おい、何する気だ?」


「いや、この箱。これって、……こう使うんじゃないかと思って」


 そしてクリスタリオは魔銃を持ち直し、慎重に魔力を注いだ。淡く金に輝く魔銃を、箱の中に、たっぷりと詰まった詰め物に突き立てる。


「……へえ」


「成る程な」


「ああ、そういう……!」


 他の三人が感心したように言葉を漏らす。


 クリスタリオはそのまま銃爪を絞った。


 ──カチッ、──カチッ、──ダンッ!


 二発の空砲の後、四発目に装填された弾が発射された。詰め物のお陰か音は思ったよりも小さく、そして弾が跳ね返って飛び出して来るような事も無かった。


「これでこの魔銃は四発目に弾が込められたものだったって分かった。……弾の入っていない、一発分回数が残った魔銃がこれで出来上がったって訳だね」


 クリスタリオが身を起こす。魔銃をそのまま、自らのこめかみに宛がった。


「ああー、俺今誰も死なない方法分かっちまった。もっと早く気付いてれば、シトリー死なずに済んだろうになあ」


 アメジスタンが悔しそうに頭を掻き毟る。そんな様子を穏やかに眺めながら、モリオンはゆっくりと首を振った。


「いや、シトリーが死んだゆえに、その頭を撃ちたく無いと思ったからこそ、この解にようやく辿り着いたんだ。最初から分かった訳ではない。尊い犠牲という言葉は嫌いだが、そういう流れだったのだ」


 珍しく饒舌に語ると、モリオンは少しだけ恥ずかしそうに顔を伏せた。


 そしてクリスタリオは銃爪を引く。


 ──カチリ。魔銃の機構が、はっきりと音を立てた。


  *

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