激怒と、乙女
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「──失礼致します、お嬢様方」
何の前触れも無く部屋の中に現れたのは、アメリアの専属執事たるディアマンテスであった。その長身の美青年は長く白い髪を虹色に揺らめかせながら、優雅に礼をする。
突然のディアマンテスの来訪に、ジェッティア達四人は緊張に身を固くした。しかしディアマンテスは顔を上げると柔らかな笑みを浮かべ、不可思議な魅力を放つ白い瞳を細め令嬢達に語り掛ける。
「第一のゲーム、無事の攻略おめでとうございます。見事な手並み、感服致しました。心よりお祝い申し上げます」
その慇懃ながらも小馬鹿にしたような台詞に、コーラルがキッと執事を睨み付けた。コーラルは五人の中で一番、行動的で情熱的な性質の持ち主だ。怒りに拳を震わせ、勢いのまま執事に食って掛かる。
「お祝いって……何なの、馬鹿にしてるの!? 突然拉致して、突然こんな場所に放り込んで、突然あんなゲームを無理矢理させたのは貴方、いやアメリアでしょ!?」
憤怒に頬を紅潮させるコーラルを見遣ると、ディアマンテスは微笑みを崩さぬまま頷いた。希有な色彩を持つ美貌の青年に見下ろされ、コーラルの隣に身を寄せていたシエルがぞくり身を震わせる。
「全くもってその通りでございます、コーラル様。アメリア様はとある目的の為にお嬢様方をここへお連れし、そしてゲームに挑んで頂くようお願いしたのです」
「はあ、お願い!? 強制の間違いでしょ。ペナルティなんて言って脅して……! 何とかジェッティアの機転で切り抜けられたけれど、見てよ、アンバーがボロボロになっちゃったじゃないの!」
尚も咆えるコーラルの袖をシエルが引き、泣きそうな顔でかぶりを降った。──こんな事をしでかす相手なのだ、反抗的な態度を取ればどうなるか分かったものではない。コーラルもシエルの制止でハッと我を取り戻し口をつぐんだものの、しかし濃い桃色の瞳には未だ怒りを宿したままだ。
そんな令嬢達の遣り取りに執事は低い声で笑いを零す。と、それまで黙って様子を窺っていたジェッティアが、不意にディアマンテスを真っ直ぐに見上げ口を開いた。
「その、アンバー様は先程のゲームで酷く衰弱しておられる様子です。このままでは危険です、手当などして頂けませんでしょうか」
「──そうですね、彼女は恐らく次のゲームへの参加は不可能だと思われますので、ここで脱落とさせて頂きます」
その声に、アンバーを抱きかかえたままのパールの肩がびくりと跳ねた。アンバーは命に別状は無いものの、しかし背中側には鞭打ちで出来た無数の傷や腫れがあった。このまま放置すれば、傷が膿んで熱を出すに違い無い。それにまだ嫁入り前の若い娘なのだ、傷跡が残るのも本意では無いだろう。
ディアマンテスはパールの前へと歩み寄ると優美な仕草で片膝を突き、パールの腕の中からアンバーを受け取るとそっと抱き上げた。パールは座ったまま呆然と、ディアマンテスを仰ぎ見る。
「あ……、アンバーを、どうするんだ……?」
震える唇が紡いだ言葉に、執事がアンバーを抱いたまま事も無げに答えた。
「こちらで治療を施したのち、脱落者として皆様とは別の場所で留置させて頂きます。なに、危害を加えたりなどは致しませんのでご安心下さいませ」
柔らかく低く心地良い声に、その言葉にパールだけでなく他の三人もほっと息をつく。
そして安心し緊張の糸が切れたのか、パールの身体がぐらり揺らぎ、ゆっくりと床に崩れ落ちた。慌ててジェッティアが駆け寄り様子を窺うと、どうやら気を失ってしまっているようだった。
「おやおや、これはいけませんね。石床は冷とうございます、お身体に障りかねません」
ディアマンテスは芝居掛かった口調で呟くと、アンバーを片腕で抱え直し、さっともう片方の手を振った。燐光がふわり散り、光の軌跡が煌めく。空中から現れたのは人数分の上質な毛布、暖かな紅茶の入ったティーセット、そしてクッキーの詰められた箱。
きょとんと三人が美麗の青年を見上げると、少し悪戯っぽいニヤリとした笑みが彼女らを見返す。
「さて、お嬢様方にはこちらの都合で、しばしの間休憩をして頂こうと思っておりまして。ささやかではございますが、お詫びになればと」
それではまた次のゲームの開始の際に──そう言い残しディアマンテスの姿は空中に掻き消えた。
残された三人は、気を失ったままのパールを毛布でくるみ、おっかなびっくり紅茶とクッキーに手を伸ばす。
何か仕込まれてはいないかと疑ってはみたものの、その考えは杞憂だったようで、どちらもとても美味しい高級品だった。一応パールの分は取り分けておく事にし、三人はそれらを堪能する。
「次はどんなゲームをさせられるのかしらね……」
ぼそりとコーラルが溜息をつくと、他の二人も揃ってうなだれる。あ、でも、と紅茶を啜りながらシエルが呟いた。
「あのディアマンテスという執事の方、……その、……とても格好良かったですわ」
「確かに、凄く背が高いし、お顔立ちもとても整っておられましたね」
「……悔しいけど声も素敵だったわ。ちょっとアメリアが羨ましいかも」
ジェッティアとコーラルも力強く頷いた。
──こんな状況に置かれても、乙女は乙女なのであった。
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
今話で第二章は終了となります。
次回に登場人物紹介を挟みまして、第三章の開始となります。
三章からは更に別の令嬢令息達のグループが登場、新たなゲームが始まります。是非ご期待下さい。
宜しければコメントやハート、★などで応援して頂けると励みとなります。
また、同時に他の作品も連載しておりますので、お気が向きましたらそちらも覗いてみて下さると幸いです。
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