哄笑と、令嬢
*
「パール、やめてパール! いつも冷静なあなたが……どうしちゃったの!? お願い、落ち着いてパール……!」
その部屋には、絶叫と悲鳴と哄笑と、血と吐瀉物の匂いが満ちていた。
部屋の中央で鞭を振り上げ狂ったように笑い、ぼろぼろになった親友の背をなおも叩き続けるのは、すらりとした長身にスリットの深いシンプルなドレスを纏った令嬢──。
彼女の名はパール・パリーア。女性だけで構成された精鋭部隊、女騎士団<黄金の薔薇>で団長を務めた女傑を母に持つ、侯爵家の令嬢だ。
そのパールのドレスの裾に後ろから縋り付き、濃い桃色の髪の少女が泣きじゃくっていた。
「やめてパール! アンバーがもうぼろぼろだよ! 何で笑ってるのパール!? ねえやめてアンバーが死んじゃう!」
桃色の髪の令嬢はコーラル・コーレル、パールやアンバーの友人である。彼女は何度もパールに取り縋り停めようとするものの、女騎士を目指し普段から鍛えているパールの力には敵わず、幾度も振り払われている。
「げふっ、ごほっ……ひあああっ! 痛いっ。いぎゃあああ! ……っ、ご、ごほっ、ごぼっ、お、う、ええぇえっ」
そしてパールの足許で這いつくばり、涙と鼻水を零しながら血と胃の中身を床に吐き広げているのが、伯爵令嬢のアンバー・アンビスであった。
アンバーの叔母が女騎士だった事もあり、彼女もまたパールと同様に女騎士になる事を夢見ていた。二人は自然と親友となり共に剣の稽古を重ね、一緒に汗を流して笑い合う仲だった──筈なのに。
アンバーのドレスは背中からズタズタに引き裂かれ、そこから見える肌には数え切れない傷が走り鮮血が流れ続けていた。目に見える傷以上に痛みと打撃による衝撃で咳と胃の痙攣が収まらない。床に突っ伏す弱々しい姿はいつもの快活な彼女とは程遠かった。
「ふふふ、どうしたアンバー! いつものお前らしくないじゃないか、ホラ這いつくばっていないでもっと耐えてみせろ、はははそれではまるで虫けらではないか……! そら、そら、そらっ!」
「ひ、あっ、ああああっ! が──げほっ、げほっ、ご、ごぼ……っ」
いたぶる為に振るわれるパールの鞭に、アンバーは為す術無く苦痛の絶叫を上げる。噎せ混むと同時にまた、喉からは血と胃液の混じった液体が吐き出され粘膜を灼いてゆく。
「パール、やめて、目を覚まして……あ、あうっ! う、う……うううっ」
パールを停めようとまた縋り付いたコーラルは簡単にあしらわれ、払われて床に転がされた。その拍子に打ち付けた肩の痛みに呻きが漏れ、自らの無力さと友人の変貌への恐怖に、髪に似た桃色の瞳に涙が滲む。
──それは、小さな地獄。
一方、部屋の隅では二人の令嬢が抱き合って三人の様子に縮こまっていた。
淡い桜色の髪の令嬢は嗚咽を漏らして泣きじゃくり、掛けた眼鏡の内側に涙の雫を溜めてもう一人の黒髪の少女に縋り付いていた。抱き留めた少女は小さく震えながらも、眼鏡の令嬢の背中を撫で必死で宥めている。
「シエル様、落ち着いて。泣かないで下さいシエル様。きっとこれは何かの間違いですわ、きっとパール様は直ぐに元にお戻りになりますわ、だから泣かないで下さいまし」
「ああ、ジェッティア! だって、だって、アンバーがあんなに、血を出して苦しそうで……! パールもいつもと全然違うわ、こんな、こんな事って! ああ、そもそも何故わたくし達がこんな、訳の分からないゲームに巻き込まれなくてはならないの……!?」
眼鏡の令嬢シエル・シェルルは泣き崩れ、抱き付いた少女の暗い色のドレスの胸元を涙で濡らした。少女──ジェッティア・ジエットは困った顔をしながらもいたわるようにシエルを抱き締め、大丈夫、と何度も囁きながら三人の様子を盗み見た。
そもそも何故こんな事になったのか──平民ながらも魔法の才を見出され学院に特待生として通っていた少女、ジェッティアは軽く溜息をつきながら、震える睫毛をそっと伏せたのだった。
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