女王と、誓い


  *


 ──五人が目覚めた際、空気は最悪だった。


「何なのよ此処……!? 床は冷たいし堅いし、身体が痛いわ! 誰よこんな事したの、淑女をこんな場所に、しかも勝手に連れ込んで……」


 気を取り戻した途端に喚き散らすサフィーリアは怒りに顔を歪め、ぐるり周囲を歩き回って出口は無いかと探し続けている。一方ルヴィエラはまだ頭がはっきりしない様子で、欠伸を噛み殺しながら、苛々と残る三人を睨み付けていた。


「……これは一体どういう状況なんだろうね。ねえ、スピカ、トパーゼン、……それにガーネッタも一緒なのか。君達、何か知らないかな。……黙ってないで何とか言ったらどうだい!?」


 そして真紅のドレスの子爵令嬢スピカ・スピネルは、水色のドレスの同じく子爵令嬢のトパーゼン・タパスと抱き合い、座り込んで首を振りただ震えているだけだ。二人はこの不可解な状況より何より、ルヴィエラとサフィーリアの怒りが怖いのだ。出来るだけ二人を刺激しないよう怖々と、スピカが口を開く。


「あの、あの、ルヴィエラ様、サフィーリア様。私達も何も分からないのです。パーティから帰ろうとしたところまでは覚えているのですが、そこからの記憶がぷっつりと……」


 トパーゼンもスピカの言葉に何度も頷き、青い顔でただ震えるのみだ。ルヴィエラはそんな二人の様子にフンと鼻を鳴らし、今度はガーネッタをじっと見据える。


「相変わらず使えない二人だ……。ところでガーネッタ、何で君が此処に居るんだい? しかも座り込んで呆けているとはどういうつもりなのか。サフィーリアが何か手掛かりは無いか探し回っているんだ、君はそれを見て何も思わないのかな!?」


 床に座り膝を抱えていたガーネッタの肩がびくりと震える。ルヴィエラの言葉の棘はガーネッタを追い立て、その圧は容易くガーネッタを床から立ち上がらせた。光の加減で紅に輝く黒髪を乱し、深紅色の瞳を伏せてガーネッタは慌てて礼をする。


「す、すみません、気が回らなくて……す、直ぐにわたくしもお手伝い致します」


「ねえ、私疲れたわ。お手伝いじゃなくって、ガーネッタが引き継いでくれない? 隅から隅まで見落としが無いかちゃんと調べるのよ?」


 ガーネッタの台詞にサフィーリアが険のある言葉を被せる。反論も出来ずガーネッタは、はい、とだけ呟いて、急いで壁まで走り手を突いた。何か手掛かりは無いものかと丹念に壁を調べてゆく。スピカ達は八つ当たりの矛先がガーネッタに向いた事に安堵し、ルヴィエラとサフィーリアはガーネッタの必死な様子に意地の悪い笑みを零した。


 ──そんな折だ、突然壁にスクリーンが現れたのは。


「あ!? あれ、アイアンメイデンじゃないの! 隣には美形で有名な執事もいるわ!」


 サフィーリアが大声を上げてスクリーンを指さす。他の四人も慌ててスクリーンに注目した。


 その後の流れはほぼクリスタリオ達と同様だ。


 サイコロを振らされ、デモンストレーションと称してジェダとルチルティアナの惨劇を見せ付けられる。学院内での男子生徒カーストのトップに君臨していたジェダと彼が溺愛する婚約者、その二人が滅んで行く一部始終を強制的に視聴させられ、五人は恐怖に皆凍り付いた。


「な、何……、何が起こってるんだ。あの女は、何がしたいんだ」


 顔を蒼褪めさせながらルヴィエラが呟く。女子生徒のカースト一位と言われるルヴィエラは、学院内の女王の座を欲しいままにしてきた。しかしジェダの死を目の当たりにして自分もそうなる可能性がある事に、初めて彼女は恐怖を抱いたのだ。


 ルヴィエラはスクリーンを睨み付ける。憎きアイアンメイデンを、アメリアの澄ました顔を──。


 アメリアは唯一、自分より上位に立つ女だ。家の格も、魔法の腕も、美しさも、個性も、何もかもが自分はアメリアに劣っている──だからこそルヴィエラは裏から手を回しゴールディとの婚約が壊れるよう仕向けたというのに、アメリアは何事も無かったような顔をして今も自分を見下ろしているのだ。


「……っ」


 ギリ、とルヴィエラの噛み締めた奥歯が鳴った。


 そしてルヴィエラは決意する。──アメリアを打ち負かす、と。


 今までにも思い通りにならない女子生徒はいた。パールやアンバー達のような、学院内の地位に興味の無い者達だ。皆に慕われるジェダとは違い、ルヴィエラの地位は恐怖によって築いたもの故に、従わない者が居るのも仕方の無い事だった。ルヴィエラはそんな者達にはちょっかいを掛ける程度に留め、カーストとは別物であると捨て置いた。


 しかしアメリアは違う。学院内の全員が全員、彼女が本当の女王である事を知っている。ルヴィエラがどんなに仲間を増やそうが、どんなに権力を持とうが、そんなままごとのような地位とは無縁の、孤高の女王であると皆が認めているのだ。


 だからルヴィエラは誓う。心の中で一人誓う。どんな手を使っても生き永らえ、アメリアを引き摺り下ろし自分が真の女王として立つのだ、と。


 それは歪んだ、とても醜悪な誓いだった。自己顕示欲と承認欲求をどろどろに煮込み何年も掛けて熟成させた、まるでぐずぐずに腐った膿じみた穢らわしいもの。


 そして当の本人がその醜悪さに気付いていない。──それこそが真の悲劇であるというのに。


 ──ゲームの説明が終わる。鉄の箱が部屋に現れる。五丁の魔銃が仄暗い部屋の中、ギラギラと輝く。


 その狂気を孕んだ輝きは、ルヴィエラの瞳の中で揺れる、昏い炎にも似ていた──。


  *

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