虐めと、柘榴


  *


「な、何を……何をなさるのです、やめて、やめてくださいませ……」


 部屋の中心で一人の令嬢がガタガタと震えていた。赤紫を帯びた黒髪は美しく、身に纏ったドレスはワインのように艶やかな色を帯びていたが、その肌は真っ青に色を失っている。髪と似た暗紅色の瞳には今にも涙が零れそうに湛えられていた。


 その令嬢、男爵令嬢ガーネッタ・ガーネットを囲むように、四人の令嬢が立っていた。それぞれの手には魔銃が握られ、銃口はガーネッタに向けられている。


「おや、君如きが我々に指図するつもりかい?」


 せせら笑ったのは真っ赤な騎士服めいた衣装を着込んだ令嬢、ルヴィエラ・ルベウスだった。そう、一見すると男性のような姿のルヴィエラは、彼ではなく彼女、れっきとした侯爵令嬢である。ルヴィエラは男装を好み、いつも舞台衣装のような豪奢な騎士服を愛用していた。


「そうよガーネッタ、私達に逆らうなんて許されると思ってるの? 貴女は大人しく、いつも通り従えばいいのよ。分かった?」


 そのルヴィエラの左腕に自身の右腕を絡め、左手で魔銃を構える紺碧のドレスの令嬢は、伯爵令嬢サフィーリア・サフィロスである。サフィーリアはいつもルヴィエラと行動を共にし、まるで恋人のように振る舞っていた。


 残る二人もルヴィエラとサフィーリアに追随するように魔銃を握り締めている。その真紅と水色のドレスの二人、スピカ・スピネルとトパーゼン・タパスは緊張した面持ちで何も喋らず、ガーネッタの左右から震える銃口を向けていた。


 ガーネッタは怯えた表情で四人を見回し、その銃口が全て自分に向けられている状況が冗談であって欲しいと願いながら、必死で口を開く。


「だ、だって、さっきの見ましたわよね? 当たったら、死、死ぬではありませんか……! やめて下さいませ、わたくし、死、死ぬのは嫌ですわ!」


「これは仕方の無い事なのだよ、ガーネッタ」


 何が笑えるのか、ガーネッタの訴えにさも可笑しそうにルヴィエラが口角を吊り上げる。大仰な物言いはまるで部隊の台詞のようで、しかし有無を言わせぬ圧を帯びていた。


「君は尊い犠牲なのだよ、ガーネッタ。この残忍なゲーム、クリアする為には誰か一人が死ななければならないんだ。君が死ねば我々四人は救われる。君は我々の役に立てるのだ、それは光栄な事だろう?」


「怨むならこんな酷いゲームを強要したあのアイアンメイデンを怨みなさいな。ちゃんと弔ってあげるから、私達を怨むなんて言わないでよね?」


 サフィーリアもくすくすと笑いながらルヴィエラに同調する。そんな二人の言い草に、ガーネッタの瞳からは堪えていた筈の涙がとうとう零れた。


「あらあら、泣いちゃった。貴女いっつも泣いてばかりよね。泣けば許されるなんて思っているの? 残念、貴女の涙に惑わされる頭の弱い殿方なんて此処には居ないのよ。観念しなさいな」


 サフィーリアの追い詰めるような言葉の棘に、ガーネッタはますます身を縮こまらせボロボロと涙を流す。その様子を面白い物でも見るかのように、サフィーリアは艶やかな群青の巻き毛を揺らしうふふと笑った。


  *


「お嬢様、ガーネッタ嬢をお救いにはならないので?」


 ディアマンテスがちらりと視線を投げるが、アメリアは小さく首を振った。しかしその瞳はどこか物憂げで、唇からは小さな溜息が零れる。


「ここでわたくしが介入すればゲームが崩壊してしまうわ。もうゲームは開始されているのよ、どういう過程を経るのかは彼女達が決める事、どういう結末になるかは彼女達次第……」


 しかし言葉とは裏腹なアメリアの溜息に、小皿に載せた柘榴の砂糖漬けを供しながら執事が問う。


「何か彼女らに思うところがありそうですね?」


 アメリアは詮索好きな執事をチラと見遣ると、またスクリーンに視線を戻しながら呟いた。


「彼女達、特にあの二人……ルヴィエラとサフィーリアはいつも誰かを虐げないと済まない性格なのよ。学院内で堂々と虐めを行い、精神を病んだり虐めを苦に学院を辞めた者もいると聞くわ。以前アズラ・ライトを虐めていたのも彼女達よ」


 アメリアがアズラ・ライトと知り合ったのは、アズラが虐められていたのを偶然助けたのが切っ掛けだった。アズラはそれ以降アメリアに懐き、アメリアの数少ない友人となったのだ。あのような形で命を落とすまでは……。


「では、あのガーネッタ嬢が彼女らの今のターゲット、という訳なのですね」


「そう。そして、シルヴィア・シルバリスに嫌がらせをしていたのも彼女達。恐らく直接手を下すのではなく他の者にやらせて、わたくしの名前を出したのでしょう。それでシルヴィアや王子達は、わたくしがシルヴィアに嫌がらせをしていたと勘違いした……」


 その言葉にディアマンテスは驚き目を見張った。少し怒気を滲ませ眉間に皺を寄せる。王子に婚約破棄される事そのものは今となっては大した問題では無かったが、それが誰かに仕組まれた事とあっては怒りを覚えずにはいられなかった。


「何と……! それでは、お嬢様と王子の婚約破棄の原因は彼女らではありませんか!?」


「きっとわたくしが目障りなのよ。直接手が出せない分、こうやって姑息な手を使ったという訳ね」


 アメリアは皮肉を滲ませてそう零すと、小皿を手に取った。銀のスプーンの上で、アメリアの瞳に似た柘榴の粒が光を受けて紅く滲んだ。


  *

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