細工と、脱落
*
「面白いこと考えるわね、あの娘。──平民なのに魔力が高くて特待生として入ったと聞いたけれど……多分、それだけじゃないわよね」
「ジェッティア・ジエット嬢ですね。どうやら随分と頭も切れる様子。あんな風な方法で乗り切ろうとは、流石に想いもよりませんでした。なかなかどうして、大物になるやも知れませんね」
ディアマンテスがさも面白そうにくっくっと笑った。対してアメリアはそんな彼の様子が気に食わないらしく、少しばかり目線を逸らした。しかしこの慇懃無礼な執事はそのような主の仕草を目ざとく見付け、更にククッと喉を鳴らし低く笑いを響かせる。
「大丈夫ですよお嬢様、私めがその存在を認め、慕っておりますのはお嬢様ただ一人。他の女に余所見などする暇も余裕もありません──分かっておいででしょう?」
「──どうだか」
「全く、このディアマンテスの心を試そうと言うのでございますか? 本当に貴女様は罪なお人だ」
無表情のままそっぽを向くアメリアにすいと近付き、ディアマンテスは腰を折ると整った指先で小さな銀の皿を差し出した。アメリアがちらと皿の上を盗み見ると、笑顔の執事は皿の上から何かを指先に載せてアメリアの唇に近付ける。
──それは美しく透き通る、小さな蝶。
躊躇いながらもアメリアが執事の指ごとそれを口内に咥えると──蝶は舌の上ではらはらと輪郭を失い、手品の如く溶け失せた。後に残るのは、蜜めいた濃厚な甘みと爽やかな香り。
「これは、……飴細工、なのかしら。それにしては驚く程に軽くて甘いわ」
アメリアは驚嘆を声に滲ませながら、銀色の皿に並べられた飴細工に目を遣った。美しい宝飾品めいたそれらは魔法の灯りを受けて艶やかに煌めく。蝶、薔薇、葡萄、鳥……様々な種類の細工はどれも見事で、アメリアは僅かに吐息を漏らした。
「お気に召しましたか。──東方の國から取り寄せた飴細工にございます。何でも、材料の蜜が特別なのは当然として、高度な技術を持った職人でなければここまで見事な物は作れないのだとか……まさに芸術品ですね」
してやったりと言わんばかりの笑顔を浮かべるディアマンテスに、アメリアは溜息をつきソファーに体重を預けた。柔らかな背凭れが華奢な身体を包み込む。伏し目勝ちに細い指を伸ばし深紅のカメリアの飴細工を摘まむと、アメリアはしばし眺めてから慈しむようにそっと舌の上へと載せたのだった。
「──さて。ジェッティア嬢のところは第一のゲームのクリアはほぼ確定となりましたが……残念ながら、アンバー嬢は脱落せざるを得ないですね」
スクリーンを見ながらのディアマンテスの言葉に、アメリアは軽く頷いた。映し出された令嬢達は、もうすぐカウントをゼロに出来ると安堵に顔を綻ばせている。
「そうね、ルールとして告げていた訳ではないけれど……自力で動けない者はそういう扱いになってしまうわね。ああ、脱落と言えば──」
アメリアはそこで言葉を切り、別のスクリーンへと視線を移す。
そこに映る光景は、薄暗い石牢の中。沈黙が満たす空気を裂くように、鞭の音だけが響いている。
「──こちらのチームの脱落者は、まだ生きているのかしら? それとももう既に、死体と成り果てているのかしら……?」
王子ゴールディが笑いながら鞭打ち続けているブロンゼは、床に突っ伏したままピクリとも動く気配が無かった。背中だけに留まらず傷は肩や腕や臀部、そして脚にまで及び、そこから流れた血が床に溜まりを作っている。日に焼けた肌からは血の気は失せ、身体は力無くだらりと床に転がっているのだった。
「もし命が失われているのであれば、──文字通りまさに死者を鞭打っている訳ですね。ふふ、何とも笑えない冗談だ」
「既に死んでいたとしても、ルールからは外れてはいませんわね。ああ、もうすぐカウントがゼロになるわ……」
*
最後の一撃を振り下ろし、ゴールディは荒い息を吐きながらスクリーンを見上げた。砂時計はまだ落ち切っていない。カウントは──零を指し示していた。
王子はゆっくりと膝を突いた。皮がずるずると剥けた血まみれの手の平から、ボトリと鞭が落ちる。身体から、力が抜ける。
それまで脳を、意識を、全身を支配していた悦楽が、急激に失せてゆく。
「──あ、あ……、あ」
代わりに押し寄せるのは絶望、満たしてゆくのは後悔。頭から血の気が引いてゆく感覚を、初めて知った。がたがたと、無意識に身体が震え出す。
「あ、あ、ああああああああああああああああ!?」
絶叫が喉を突く。
そしてゴールディは、──意識を、失った。
*
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