目覚めと、性癖
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事の発端はルチルティアナに遭うよりも更に数年前、まだ幼少の頃だったとジェダは語る。
『その日、家でボヤ騒ぎがあった。使用人の少女が火の扱いを誤り、香油の壺に引火してしまったのだ。大きく燃え広がる事は無かったが、高価な香油を燃やすまいとしたのだろう、その使用人は大きな火傷を負ってしまった』
ジェダの父は寛大な主人だった。少女の過ちを大して責めず、それどころか醜い火傷痕の残る少女を使用人として雇い続けたのだ。少女は酷く恩義を感じ、より一層真面目に働くようになった。
それだけならば、ただの良い話というだけだったろう。しかし、ジェダにとっての話はそれだけではなかったのだ。
使用人の少女は左手から腕、肩、首筋から顔の左側にかけて大きな火傷痕が残った。その痕は酷く醜く、何度治療を施しても完治する事は無かったのだ。
──ジェイドの家系は代々火炎系統の魔法が得意で、屋敷で使われている火は全て魔法で作られた火だったのだ。魔力を帯びた火は長持ちする上に消えにくく、通常の水ではなかなか消す事が出来ない。
魔法の火を速やかに消すには魔力を帯びた水、つまり水魔法で作られた水が必要なのだが、生憎と当時、家族は勿論の事、屋敷に務める者の中にも水魔法の使い手はいなかった。
少女は治療院へと運ばれたが、命は取り留めたものの、残念ながら無残な姿となってしまった。しかし、ジェイドの屋敷の皆は彼女を不憫に思う事はあっても、厭う事は決してなかった。皆、退院した彼女を労り、元のように振る舞った。
──ジェダ少年を除いて。
『俺はあの使用人の火傷痕を見た瞬間、──とてつもない衝撃を受けた。醜く爛れ、引き攣れ、まだらに赤みを帯びた皮膚。痛々しく惨たらしいその傷跡に、俺は、……』
ジェダは一旦言葉を切ると、何度か大きく深呼吸をした。瞳を伏せ、整った顔を歪めて何かに耐える。
やがて再度大きく息を吐くと、決心したかのように口を開き、続きを語り始める。
『……俺は、初めて性的興奮を覚えたのだ。どうしようもなく昂ぶり、熱が出た時のように頭がクラクラし、息が荒くなった。そのぐちゃぐちゃの傷跡が、堪らなく淫靡に思えたのだ』
その言葉を聞いた五人は、皆一様に凍り付いた。
余りにも変態的な告白に、どのような反応を返せば良いのか、全く解らない。互いに目を逸らし、等しく黙り込む。
それはクリスタリオも同じだった。親友であり義理の弟となる予定だった男の、想像を絶する性癖の吐露に、途轍もない衝撃を受けた。それらの言葉をどう処理すればいいのか分からず、クリスタリオはしばし視線を宙に彷徨わせた。
しかしそんな五人の戸惑いを余所に、ジェダ・ジェイドの告白は続いてゆく。
『結局、その印象が強烈すぎたのか、俺は火傷のある女にしか興奮しなくなった。その傷が惨たらしく汚らしくぐちゃぐちゃである程に、快感は増した。逆にどんなに美しい女でも、火傷が無ければ俺の身体は一向に反応しなかった』
自分でもそれはおかしい事であるという認識は勿論あった。歪んだ性癖を直すべく、過去には手練れの高級娼婦を幾人も訪ねたり、好みの女と手当たり次第にベッドを共にした事もあった。しかし、それらは殆どが失敗に終わったのだ。
『俺は焦った。このままでは、結婚をしても子供を作る事が出来ない。貴族として、家の跡取りとして、子孫を残すのは当然の義務だ。しかし、このままでは俺は、普通の女を抱けない身体のままだ。俺は悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いた』
そんな頃だったという、──ルチルティアナとの婚約が決まったのは。
『ルチルはとても愛らしく、美しかった。俺は一目で恋に落ちたよ。俺は嬉しくて仕方無かった。貴族だから親の決めた婚約には反対は出来ない、でも決められた相手と愛し合えたならそれはとても素晴らしい事だ、そうだろう?』
ジェダは当時の気持ちを思いだしたのか、幸せそうに笑みを零した。──しかし直ぐに、その微笑みは苦悶へと取って代わる。
『しかし、ルチルには火傷の跡なんて無い。当然だ、火傷をした事など無いだろうし、もしあったとしても高位の治療で痕も残さず治されたろう。だから、──俺は、ルチルを抱けないんじゃないか、こんなにルチルの事を愛してるのに、俺はルチルを愛せないんじゃないか……そう、俺は恐怖したんだ』
クリスタリオの心の裏側で、冷たいものが這い上がって来る感覚がする。その先を、聞きたくない。クリスタリオは祈る。火事と、火傷と、妹──それらが無関係である事を。
しかし、ジェダはそんなクリスタリオの祈りなど軽々と踏み躙る。虚ろな瞳は、何者も映さない。ただ狂った、狂った愛が、緑の深淵の中に揺らめいている。
『だから、俺はルチルを変える事にしたんだ。俺が愛せるように、俺が愛せるかたちに』
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