火傷と、経緯
*
あの日、ルチルティアナ・クリストルは大火傷を負った。
彼女にとって不運な事に、その時、全ての歯車が狂っていた。
部屋から火だるまの状態で飛び出してきた彼女は、消火の為に水魔法を欲した。しかし運悪く人の少ない時間帯の上に水魔法を使える者が近くにいなかったのだ。魔法で出来た炎は普通の水ではなかなか消えず、ルチルティアナは火が消えるまで身を灼かれ藻掻き苦しんだ。
慌てて呼ばれた治癒の術式を使える者も、ルチルティアナの様子に驚き怯み、手順を少し間違った。重度の火傷の治療をした事が無かったに違い無い。皮膚の深い部分の治癒から始めなければならないところを、皮膚の表面の再生をまず施してしまったのだ。故に治療は殆ど効果が無く、急遽ルチルティアナは治療院へと運ばれる事となる。
治療院へと担ぎ込まれ、専門の治癒師が治療を施そうとした時にはもう、彼女の火傷は手遅れの状態だった。強力な魔法とて万能では無いのだ。
深い部分を蔑ろにされ表面だけを再生された皮膚は、内部がじくじくと膿み腐り、元通りとなった筈の表面の皮膚がずるずると剥けて襤褸布のように垂れ下がった。白く綺麗だった肌も、整った愛らしい顔も、無残な有様となってべっとりと血と汁にまみれた。
彼女を完全に元通りに戻す為には、駄目になった皮膚を全て削ぎ落とし、最高位の再生魔法を施すしか手は無かった。しかしそれは想像を絶する苦痛を伴い、精神を病んだり痛みでショック死する者も少なくない方法だ。しかも元通りとなる確率も決して高くない、大変にリスクのある手段であった。
クリスタリオを始めとする家族全員が、彼女の苦痛を出来るだけ和らげる手段を望んだ。こうなってはもうさほど長くは生きられない。ならば、少しでも楽に、穏やかに──と願うのは当然の事だろう。
しかし──それに反対し、強硬に再生治療を望む者がいた。
婚約者のジェダ・ジェイドとその両親だった。彼らは彼女が元のように美しく戻る事を希望し、今のままでは婚約を解消せざるを得ない、と突き付けたのだ。さもなくば、違約金を請求する──などとクリストル家を脅迫する始末だった。
ルチルティアナは本当にジェダを愛していたに違いない。彼女は勇気を振り絞り、意を決して再生治療に臨んだ。
そして──治療は、失敗した。
*
「そんな事が……。ただ大火傷を負ったとしか聞かされていなかったが、なんと、惨い……」
アメリアから語られた一連の流れを聞き、モリオン・モーリスが唇を震わせた。他の三人も同様に、痛ましげな顔を見せる。
クリスタリオは唇を噛む。確かにこれは辛い現実で、妹が苦しんでいるのは事実だ。しかし、違和感が拭えない。
あの妹のギラギラとした異様な目の光は何だ。ジェダの過剰なまでの怯えは何だ。いやそもそも、アメリアが問うているのは──。
『さて、わたくしが今語ったお話は、事が起こった後の経緯にしか過ぎません。わたくしが聞きたいのは、それより前。──ルチルティアナが何故、火だるまの状態で部屋から飛び出してきたのか──という事ですわ』
そうだ、知りたいのはそこだ。妹やジェダに状況を聞いたり他の者に聞き込みをしたりはしたものの、クリスタリオはまだ納得のいく真相には至ってはいなかった。
ジェダは、何かを隠していたというのか。親友だと思っていた義理の弟となる人物の裏切りに、クリスタリオの頭は真っ白になる。思わず握った拳は震え、爪が手の平に食い込んだ。
『さあさ、告白して頂きましょう、ジェダ様。きちんと何があったかを自らの口でつまびらかにするのです。術式が嘘を許さない上に、目の前に証人だって揃っておりますよ。至れり尽くせりとはこのような事を言うのでございましょうかね』
ディアマンテスが慇懃無礼な物言いでジェダをじわじわと追い詰める。アメリアが無表情のままぱちりと扇を鳴らす。そしてルチルティアナの瞳が、ジェダを射貫いて離さない。
『──そもそもは、』
もう逃げられないと悟ったのか、ジェダはがっくりと肩を落とし、俯きながら口を開く。
『そもそもは、──愛ゆえの、行為だったんだ』
自らの愛を、ルチルティアナへの愛をジェダは語り始める。
それは確かに言葉にするならば愛でしかなく、──しかし酷く歪つでおぞましい、罪の告白だった。
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