愉悦と、大鎌


  *


『アクア・マリーネ。……貴方、都合が良すぎるとは自分で思いませんの?』


 涼やかさを持ちながら威厳を備えた声は、凜としたアメリアの立ち姿にとても相応しい、とゴールディは思う。アメリアの事はいつも苦手に感じていた王子だったが、しかし彼女の声だけはとても好ましく、今もその響きに心地良さすら覚えていた。


 赤き光に照らされたアメリアの姿はまるで血を頭から浴びたかのようで、しかし彼女の美しさは失われるどころかますますもって際だって往く。その凄絶で頽廃的ながらも何処か神々しさを感じさせる美貌に、皆は息を飲みまばたきすら忘れてスクリーンに食い入った。


 ──ス、としなやかな指が動く。


 アメリアがアクアの胸許で輝きを放つ魔法円を手袋を嵌めた人差し指でなぞると、複雑な紋様を描いていた術式はほどけ、紅い粒子となって指先に纏わり付き始める。術式が崩れるにつれて与えられる苦痛にガクガクと身体を痙攣させていたアクアの動きが徐々に緩やかに、落ち着きを取り戻してゆく。


 そして、全ての輝きがしなやかな指先に拭い取られた刹那──アクアの身体は、糸が切れたように床へと崩れ落ちた。


 打ち捨てられた人形めいた歪つな姿勢でアクアはただアメリアを見上げていた。アクアの口は呼吸をするので精一杯で、言葉を紡ぐことが出来ないでいるようだった。しかし極限まで見開かれ絶望に染まる瞳が雄弁に語る。


 何故、このまま死なせてくれなかったのか、と。


『あのまま貴方を死なせてしまったら、人間として死なせてしまったら、──あのようなちっぽけなその場凌ぎの謝罪だけで貴方は赦された事になってしまいますわ。それは、貴方の罪に釣り合いませんでしょう?』


 アメリアが紅い瞳で、燐光を纏う紅い姿でアクアを見下ろし問い掛ける。その答えを欲してなどいない言葉を紡ぎながら、アメリアは紅い粒子を纏った指先で唇をなぞる。


 アメリアの唇に、ルージュのように紅が輝く。──その赤く艶めかしく彩られた唇が、ゆっくりと、孤を描いた。


 ……深紅の薔薇が咲き誇るが如く、アメリアが、笑んだ。妖艶に、凄絶に。


『己の罪を悔いるといいわ。己の罪をその身に受けて、己の罪を体感し、絶望を彷徨いなさい。わたくしの造った地獄の中で、悪夢を見続けるがいいわ。──死は救い、死は赦し、貴方は死ぬには早過ぎでしてよ』


 傍に立つ白き執事ディアマンテスが優雅に空中に線を描く。その長い直線は白く輝き、ディアマンテスが握ると同時に物理的な重みを持ち、その姿を顕現させた。


 それは、緩やかに歪曲した刃を備えた、大きな鎌だった。鋭く研がれた白い刃には精緻な彫刻が施され、埋め込まれた透明な宝玉が煌めきを放っている。


 それはまさに、死神の持つと言われる大鎌そのもの──。


『お嬢様、──いや、敬愛すべき断罪の薔薇。どうぞこれを』


 ディアマンテスが流れるような所作で、笑うアメリアにひざまづく。差し出された大鎌を、深い紅に染まったアメリアが手に取った。


 透明感すら感じさせる白銀の刃が、アメリアの紅の燐光を反射して紅く輝く。アメリアは重さを感じていないかのように軽々と、片手で大鎌を構えた。ピタリと、刃の峰が転がったアクアの首に当てられる。


『ひ──』


 声にならない悲鳴がアクアの喉を鳴らす。見上げる目に浮かぶのは極限の恐怖、映るのは血塗れの女神めいたアメリアの姿。


『人として死のうなんておこがましいわ、人非人。生きながらにして、地獄を味わいなさい。人を弄んだ所業の報いを、罰を永遠に味わいなさい』


 そしてアメリアの瞳が、愉悦の色に輝いた。


  *

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