隠蔽と、斬首
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『最後に、貴方が正常な心をまだ保っている今の内に教えておいて差し上げますわ、アクア・マリーネ。……貴方はね、やりすぎましたのよ。大人しく、少なくとも最初の実験だけで満足しておけば、貴方は功労者として安泰な今後を約束されていましたのに』
無慈悲な台詞を聞きながら、アクアの目からはだらだらと涙が溢れ、鼻水や汗や涎と混じりぼたぼたと周囲の床を汚して行く。その顔には後悔が満ち、嗚咽ともしゃっくりとも分からない音が喉から漏れ続けていた。
『人は汚いものですわ。口では命は尊いと説きながら、有用な魔法が確立出来るならば、不出来な若者一人が不具になったところでその事実が握り潰されてしまう程に』
アメリアが、蕩々と言葉を紡ぐ。それは慈悲深き餞別だろうか、それとも冷徹な宣告だろうか。いいや、或いはそれは戯れ、ただの種明かしじみたものであろうか。
『──知らなかったでしょう、アクア・マリーネ。貴方が上からの意思で生かされていた事を、そしてやり過ぎた所為で消される命令が出ていた事を』
艶やかな唇が残酷な事実を告げる。──ああ、この世界はなんて醜いのだろう、とスティールは軽く絶望を覚える。自分が調べるまでもなく、アクアの悪行は全て『上』に知られていたのだ。そして、『上』は彼を利用する為に実験の被検体の口を封じ、事実を隠蔽し続けてきたのだ。
全てが高みから見下ろしている者の手の上の出来事でしか無かった事に、スティールは無力感と怒りで奥歯を噛んだ。
これでは、真に人の尊厳を弄んでいるのは──そこまで考えて、スティールは諦めて首を振った。貴族として、官職として生きていく気があるならば、そんな考えは持たぬ方が身の為だろう。少なくとも、今はそんな考えに囚われている場合では無いのだ。
スクリーンの向こうでアメリアが笑う。いつも無表情のアイアンメイデンが、大輪の薔薇のように笑んでいる。
『──さあ、旅立つ時が来ましたわ。さようなら、アクア先生。……良い旅を、良い夢を』
皮肉めいた別れの挨拶と共に、紅く染まる大鎌が振り降ろされる。美しく描かれた孤はアクアの首を首枷を器用に避けながら、一振りで易々と刈り取った。
ぽとり、花が落ちるように、首が転がる。その断面からは血は一切流れない。
ディアマンテスがアクアの首を拾い上げ、まるで花瓶でも持つかのように抱え掲げる。
──アクアの首は、胴体と分かたれたというのに生きていた。アクアの目は焦点の合わぬままに、左右バラバラに激しく動き続けていた。
『う、……ああああ、う、あああああ、お、ご、ごぼっ、おごぇええっ』
限界を超えてしまったのだろう、ゴールディは抱いていたシルヴィアを押し退けると、床に突っ伏して嘔吐した。吐瀉物がぼたぼたと垂れ、涙と涎が床に染みを広げてゆく。
シルヴィアは泣きそうになりながらも、唇を噛みそんな王子の背中を優しくさすっている。他の三人もそれぞれ顔を青くさせながら何かに耐え、拳や身体を震わせていた。
アメリアはそんな五人の様子に満足げに微笑む。大鎌を霧散させ、そしてアクアの首に目を遣った。ディアマンテスは首を邪魔だと言わんばかりにアクアの胴体の上に据え置くと、アメリアの傍に優雅にひざまづく。
『お見事でございました、お嬢様』
ニヤリと笑む執事に手を取られ、アメリアは笑顔を消しそっと瞼を伏せた。白き執事は燐光の消えた指先を長い指でなぞると、静かにその甲にくちづけを落とす。
『我が君、我が主、我が女王。──やはり貴女様は自分の見込んだ通りのお人だ』
アメリアは少しだけ溜息をつくと、僅かに首を振った。──まだ、計画は始まったばかりなのだ。
夜はまだまだ長く、そして夜明けは眩暈がする程に遠く──。
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