覚悟と、謝罪
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──自殺した女生徒アズラ・ライトに関するアクアの告白を聞き終わったゴールディは、思わず口許を押さえた。
半ば興味本位で聞いてしまったおぞましい実験の内容に、必死で我慢しようにも胃の痙攣が止まらない。彼が無様に嘔吐せずに済んでいるのは、ひとえに彼の胸許に身を委ねる女性の存在があるからだった。
王子程ではないにしても、他の三人も一様に口許を押さえ、或いは唇を引き結んでいた。──ただ、三人が吐き気を覚えた原因には少しずつの違いがあった。
ブロンゼは裏表の無い真っ直ぐな気性ゆえに、素直な性格の王子と同じく、実験の惨さおぞましさに怒りと嫌悪を抱いてのことだった。またブラスが身を震わせる理由は、知的好奇心に取り憑かれ倫理も理性も軽々と飛び越えてしまった者の末路、純粋な狂気にあてられ、自らの内にその姿を垣間見たからだった。
そしてまた、スティールの歯噛みする理由はどちらとも違っていた。それは単純な言葉で表したならば、恐怖である。およそ理解しがたいものへの恐れ、常識から懸け離れたものへの拒絶。闇への畏敬のような根源的な恐怖に、彼は怯む心を抑えるべく奥歯を噛み締め唇を引き結んだのだった。
──全てを話し終えたアクアの顔はどこかぼんやりと、蒼白く失せた血の気はそのままに、何もかもに興味を無くした無表情を晒していた。
『アクア・マリーネ。それでは貴方の罪はこれで全てなのですね。──何か、申し開きしたい事などはございませんか?』
アメリアの問いにアクアは首を振る。恐らく彼はもう壊れてしまっているのだろう。諦めのような色さえ宿した無表情はむしろ清々しささえ感じさせ、彼の心はもはや此処に無いのだと皆は悟った。
『そうですか。では、貴方が身体を弄んだ生徒達に対しての謝罪の念はありますか? 彼ら彼女らへの懺悔の気持ちはありますか?』
アメリアの言葉に、それまで虚ろに彷徨っていたアクアの焦点が徐々に合い始める。彼はゆっくりと、鋼鉄令嬢の紅い瞳を見返した。少し曇った冬空めいた薄い青の瞳と、滴る血の雫じみた深紅の色とが互いを映し込む。
『……ある。いや、あった筈だ。そう、確かにあったのだ。私にはあったのだ。あった筈なのだ。けれども振り向いても拳を開いてもポケットを探しても何処にも無いんだ。でも確かにあったのだ』
アクアは失っていた表情をようやく思い出したかのように顔を崩した。泣きそうに顔を歪め、怯えの色を滲ませながら両手を震わせた。狼狽える彼の胸に、紅く明滅する魔法円が浮かび強く輝き始める。
『あれを失くしたならばもう私は人間ではいられない。だからある筈なのだ! 無いなどということは有り得ない。……嘘でもいい、あると言わせてくれ! あるのだ。──私が悪かった、皆に謝りたいと言わせてくれ。この気持ちが嘘と断じられても良い。しかし最後まで、私を人間として死なせてくれ……!』
悲鳴のような懇願が零れ出る。術式の光が彼の胸で周囲を赤く染める程の光を放つ。
『い、あ、痛い、いだ、いだだだだあああああ! ぎぎぎぎががががががががあっあがががが! いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいじぬじぬじぬじぬじぬぐぐぐごごごごごごごごがああああああああっああ!』
絶叫が聞こえ始める。アクアの手足が突っ張り引き攣り、腹から胸にかけてが波打ちビクビクと肩が跳ねる。それはまるで不器用で奇妙なダンスを踊っているようでもあり、それが更にスクリーン越しに様子を見守る五人に新たな恐怖を与えた。
──嘘をついてまで、苦痛を受ける事を覚悟してまで、彼は何故謝りたいと思ったのか。
人間として死にたいとはどういう意味なのか──。
アクアの真意をはかり切れずに、五人はただ唖然と彼を凝視し続ける。
『あっば、ひゅう、……べばばばば……ごっごごごごご……ひゅう、えぐぐぐががが……ひぐっ、ぎ……ぎぎ……、ひゅうっ、っあ、あ、──ひゅう』
おぞましい悲鳴は途切れがちになり、ぶつぶつと掠れた息の比率が増えてゆく。そして──最後に、彼の喉が空気を吸ってひゅうと笛じみた音を立てた。
『お嬢様』
ディアマンテスがそっとアメリアに声を書けた。黒き令嬢は執事に、分かっているとでも言う風に小さく頷いて見せる。
アクアの身体は壊れかけたマリオネットのようにあちこちを向いた手足が折れ曲がりかけ、筋肉はビクンビクンと脈打ち、身体は捻じ曲がり仰け反り、──そろそろ限界を迎える頃だろう。
アメリアは一度瞳を閉じると、覚悟を決めたようにカッと瞼を開く。そして黒いシルクの手袋を嵌めた手を術式の赤い光に差し伸べた。
アメリアの黒いドレスが、暗銀の髪が赤い光を帯びる。それはまるで濃き血の溜まりに浸したが如く、──彼女をアイアンメイデンの名に相応しい色に染め上げていく。
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