王子と、仲間


 *


 先程よりも少し身体の怠さが抜けつつあるゴールディは、シルヴィアに助けられながらゆっくりと上半身を起こす。近付いて来た三人はそれぞれ王子を囲むように陣取り、溜息をつきながら腰を下ろした。


 王子はゆっくりと首を巡らせ、頼もしい三人の仲間達を順番に見詰めた。


濃い灰色の髪と目に黒縁眼鏡の細身の美青年は、スティール・スティーナーだ。父親の侯爵は宰相であり、その長男であるスティールも頭の回転が速く、どの分野においての知識も豊富だった。


 スティールはくいっと眼鏡を上げると、眉間に皺を寄せながら口を開く。


「殿下、宜しいですか。──話を纏めますと、どうやら此処に出口らしき出口はありません。また魔法も制限されており、今のところは強硬突破も不可能のようです」


「成る程……どうやら今のところ打つ手は無いようだな」


「そのようです。恐らくそのうち、我々を此処に閉じ込めた輩が接触して来る筈ですので、それを待つのが賢明かと」


 スティールの言葉に頷くと、ゴールディは今度は二人目の仲間へと視線を向けた。


 王子の前だと言うのに全く体裁を気にせず床に胡座をかく大柄の男、それがブロンゼ・ブロディオだ。騎士団長の次男である彼は父親である伯爵に似て剣の腕が立ち、体格にも恵まれている。しかし少し気性が荒く、所作が粗野であるのが玉に瑕だ。


 ブロンゼはオールバックに整えた青髪をガリガリと掻いて乱しながら、舌打ちを零し青い瞳をすがめた。


「なあゴールディ、俺の佩いていた自慢の剣も、持ってたナイフも敵さんに奪われちまっているようだ。全部失くしてすっからかんだ、これじゃ何にもしようがねえ」


 ゴールディは苦笑しながら今度は、愚痴を吐くブロンゼの隣で同意するようにうんうん頷く少年に視線を移す。


「僕の魔法杖も取られてしまってるんだ。ポケットに入れていた触媒に使える魔晶石も、簡易術式を込めた指輪もごっそり無くなってる。確かに杖が無くても魔法の発動は出来るけれど、これじゃ発動は遅れるし効率が下がっちゃう。王子、僕らを閉じ込めた奴らは抜け目が無いみたいだね」


 少し不安そうに溜息をつくのはブラス・ブラド。くるくると癖の或る茶髪を長く伸ばした彼はこの中では最年少で、童顔なのも相まって一人だけ歳が離れて見える。


 しかしブラドの魔法の腕は学院でもトップクラスだ。伯爵で或る彼の父は魔術師団長であり、彼もまたいずれその地位を継ぐであろう事が噂されている。


 ただ、彼自身にはそのような考えは無く、研究職に就きたいと思っているようだ。珍しい魔法が大好きで、いつも猫背で専門書を読んでいる。魔術理論を語る時の彼のくるくるとよく動く焦げ茶の瞳はとても魅力的だ。


「何にせよ、今はいざという時の為に体力を温存すべきかと。……ああ、シルヴィア嬢、寒くはないですか?」


 スティールの言葉に王子ははっとした。そう言えば、と自分と仲間達の服装に目を遣ると、パーティに参加した際の衣装のままだ。


 丈の長いフロックコートを着込んでいる男性陣はさほど寒さを感じないが、ドレス姿のシルヴィアには少し肌寒さを感じさせる気温かも知れない。気を配れなかった自身に内心歯噛みしながらシルヴィアの方に顔を向けると、彼女は微笑を浮かべながらふるふると首を振った。


「いいえ、大丈夫、寒くはないですわ。ありがとうスティール様」


 しかしシルヴィアのドレスはふわふわと薄い生地を重ねたデザインで襟ぐりも開き気味であり、空調の整ったホールならいざ知らず、石造りのこの部屋では心許ないものだった。現にシルヴィアは口では否定しながらも、半袖にグローブを嵌めた腕を暖めるようにさすり続けている。


 ゴールディが自分の上着を脱ごうと胸元のボタンに手を伸ばそうとした時、ブロンゼがすっくと立ち上がった。彼は自分の青いフロックコートを脱ぐと、シルヴィアに近付きそっと肩へと羽織らせる。


「そうは言っても、そんなドレスじゃ底冷えするだろ。お嬢が風邪引いちまったら大変だ。俺ので申し訳ないがこれを来ているといい」


「あ、ありがとうブロンゼ様……でも、それではブロンゼ様がお寒いのでは」


「俺は鍛えているから大丈夫だ、気にするな」


 恐縮するシルヴィアに事も無げに言うブロンゼに、王子は奥歯を噛み、ブラスは少し俯いた。


 スティールはそんな皆の様子を静かに見遣る。──彼はシルヴィアに礼を言われたブロンゼの頬が少し紅くんなっている事を、見逃してはいなかった。


 ──そんな時だった、突然、その聞き覚えのある声が響いたのは。


 *

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