第一章:終焉の、開始

頭痛と、天井



「う……、うう、ん」


 微かな呻きがゴールディ王子の口から零れた。


 ──ここは、何処だ。一体、何がどうなって……? 王子の意識からは、パーティ後からの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。酷く冷たく、自室のベッドではない感触が身体から伝わって来る。


 自身の置かれた状況を考えようとした時、ゴールディの頭がズキリと痛んだ。


 闇の底にわだかまっていた意識がゆっくりと浮上し、徐々にクリアになってゆく。──身体の様子を探ってみると、どうやら堅く冷たい床の上で寝かされているようだ。王子は身体を動かそうとしたが、怠くて力が入らない。


 頭の痛みを堪えながら、ゴールディは目を開き何度かまばたきを繰り返した。


 視界に入ったのは、堅牢そうな石造りの天井。暗闇ではなく薄ぼんやりと明るい事から、どうやら魔法の灯りが最低限灯されていることを察する。王子が軋む首を動かしゆっくりと周囲を見回すと、突然悲鳴にも似た声が大きく響いた。


「ゴールディ様! ああ、お目覚めになったのですね!」


 声のした方を向くと、見慣れた銀髪の少女が慌ててゴールディの許へと這い寄って来るのが見えた。愛を誓い合った相手であるシルヴィアの顔を見た途端、王子は安堵に大きな息をつく。


「シルヴィア、ああ、愛しのシルヴィア。無事だったか、何も痛いところは無いか」


「ええ、ゴールディ様! わたしは何も痛いところは無いですわ! ゴールディ様は……何か、お身体が辛そうに見えますわ。それに、何処か痛むところもあるのですか?」


 跪いて王子の顔を覗き込んだシルヴィアが、力の入らない王子の手をそっと握る。その心配そうな少女の表情に、ゴールディは安心させようと微笑もうとしたものの、直ぐにまたズキリと酷い頭痛に見舞われ顔を歪めた。


「身体に力が入らない。それに……強く頭が痛むのだ。しかし心配しなくとも、時期に良くなるだろう。──それにしても、ここは一体何処なのか。何か知っているか、シルヴィア?」


「いいえ、……此処が何なのか、全く見当が付かないんです。わたし達は、誰かによってどうやら此処に閉じ込められてしまったようですの……」


 シルヴィアは王子の手を握り締めたまま、ふるふると力無く首を振った。そうか、とゴールディが呟いたとき、シルヴィアの背後から複数の声が聞こえた。


「殿下、お気付きになられましたか。お加減はどうですか、なかなか目覚めないもので心配致しました」


「おうゴールディ、起きるのが遅いぞ。ちょっと周囲を見回ってみたが、何処にも抜けられそうな処が無い。完全な密室だ。俺達はどうやら閉じ込められちまったようだな」


「王子、その、試してみたんだけれど、どうやら結界を張られているようなんだ。魔法が使えないんだ。……魔法が使えたら壁に穴を開けて脱出出来ると思ったのに、今の僕に出来る事は無さそうだ」


 口々に話しながら近寄って来る三人の姿に、ゴールディは安心しつつも苦笑を漏らす。


「……同時に喋られたら聞き取れぬぞ。ああ、しかし、そなたらが一緒なのは心強いな。シルヴィアと二人きりだったらどうしたものかと思ったが、少し安心した」


 現れたのはそれぞれ、黒縁眼鏡の神経質そうな細身の男、大柄のがっしりした体格の美丈夫、猫背に長髪の少し童顔の少年の、個性の全く違う三人だ。


 彼らはいずれも王国に仕える高官の息子達で、まだ学徒ながらも各々の得意分野に秀でた者達だ。ゴールディの親友として、親衛隊よろしく王子の護衛も担ってくれている、頼もしい仲間だった。


 ゴールディは最近、この三人とシルヴィアとの五人で連れ立って過ごす事が多かった。何も分からないこの状況の中ながらも、五人が揃えばどんな困難な局面をも突破出来る──そんな期待を抱いて安堵の吐息を漏らした。


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