告白と、狂気


 *


 アメリアとディアマンテスが、そしてスクリーン越しに王子達が見守る中、青褪めた顔で立ち尽くすアクアの胸に紅い魔法円が明滅する。


『アクア先生。お分かりかと思いますが、黙秘もまた虚偽の一種として認識されますわ。──さあ、先程の苦痛を味わいたいのでなければ、答えを』


『……ぐ、……あ、……わ、私が要求したのは、……ぐ、』


 術式が光量を増して行く。明滅が、強くなる。魔法円の光に照らされて、血の気の失せたアクアの苦悶の表情がまだらに紅く彩られる。


『……身体だ。……身体を差し出せ、と……』


 アクアの言葉に、王子達は息を飲む。シルヴィアの震えが大きくなる。五人が押し黙り固まるのに対し、アメリアと執事はその表情を崩さない。


『具体的にお答え下さい、アクア・マリーネ。貴方は生徒達の身体をどのように、何の為に使ったのです? 何人の生徒に身体を差し出させたのですか?』


 しばらく奥歯を噛んで俯いていたアクアだったが、観念したのか、覚悟を決めたのか、──やがてようやく顔を上げると、引き攣り歪めたままの唇でほろほろと言葉を零し始めた。


『……八人だ。八人、大半は女生徒だが男子生徒もいた。──最初は、一回だけのつもりだった』


 鬱鬱とした口調のまま、最初アクアは記憶を探るようにゆっくりと。震えた独白を吐き出して行く。しかしその震えは徐々になりを潜めていった。唇の引き攣りは治まり、舌は滑らかに回り始める。


『及第点ギリギリの出来の悪い、爵位を金で買った家柄の低い男爵家の娘だった。……私の授業の単位を落とせば留年してしまうと、何でもするからと泣き付いて来たのだ』


 告白を始めたアクアからは、言葉を重ねるにつれ徐々にその表情が抜け落ちて行った。虚ろな目は何処にも焦点が合っていなかった。喋る度に冷えた汗が雫となって落ち、点々と石造りの床に染みを作ってゆく。


『そんな娘だったから、火遊びぐらいはしても罰は当たらんだろうと……試しに身体を要求したら、嫌がりもせずに股を開いた。ほんの出来心だった。一度で終わりのつもりだった。結局、その娘とは何回かは寝たが、後腐れは無かった。そういった行為に慣れていたようで、それが私の罪悪感を薄めてくれたのは間違い無かった』


 教師にあるまじき行為を告白し続けるアクアの言葉に、シルヴィアは小さく悲鳴を上げ、震える手で耳を塞ごうとした。ゴールディはそんな彼女の様子にいたたまれなくなり、スクリーンが見えぬよう自らの胸に彼女の頭を抱き込んで優しく背をさする。


『……だが、何処で噂を聞き付けたのか、同じような事を言ってくる輩が現れた。今度は伯爵家の箱入り娘だった。婚約が決まっていたが相手の父が厳格な人で、落第すれば縁談を反故にすると言われたようだ。彼女は真っ青な顔で泣きながら私に貞操を散らされたよ。二人目とあって、私にもう後ろめたさは無かった。形はどうあれ賄賂なぞ、皆がやっている事だと開き直れた』


 アクアの口調は淡々としていた。まるで他人事のように自らの罪を語って行く。──恐らく何処か心のたがが外れたのだろう。アメリアは注意深くその様子を観察しながら、無言で続きを促した。


『次に現れたのは男子生徒だ。彼は子爵家の令息だったが、あまり領地が裕福ではないようだった。だが私に男色の趣味は無い──そこで思い付いたのが、彼に私の研究を手伝わせる事だった。彼は恐らく助手か小間使いのような仕事をやらされると思ったのだろうね、二つ返事で了承したよ』


 息を詰めてスクリーンを注視していた王子達は、話の展開にほっと緊張を解いた。アクアの語る内容が、先程までよりも幾分まともな物に思えたからだろう。


 ここ聖プラチナム学院は、教育機関であると共に魔法の研究機関でもあった。ゆえにここの教師は、教鞭を奮うと同時に自らも研究を行っている者が多い。このアクアもそうした者の内の一人だ。


 そして教師らは、研究の助手として生徒を手伝わせる事も多かった。恐らく王子達はそういった内容を想像したのだろう。


 ──しかしスティールだけは違っていた。彼の瞳だけは鋭さを失わず、いっそそれまでにも増して唇を引き結ぶ。


 そしてアクアは語り始めたのだ。スティールが噂で聞き及んだ通りの、人を人とも思わぬ怖ろしい行為についてを、その罪の詳細を。


『……私が彼に要求したのは、私の研究している術式の、実験体となることだった。──ああ、私の研究分野は動物、それも家畜に使う魔法なのだがね、常々それを人間に使えばどうなるか知りたくて仕方無かったのだ。そこから改良のヒントが得られるかも知れないからね』


 アクアの虚ろな瞳にぼんやりと、紅い光が反射する。まだらに混じる影はその狂気じみた彼の佇まいをより、不気味に浮き上がらせていた。


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